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Nerd&Geekな生き方

こんばんは。

先日行った京都大作戦で、それはもう暴れに暴れて、声が枯れて、1週間経っても咳が止まらなくなった横田です。みんな気をつけてね。

さて、毎月定例の打ち合わせと称した「ラグジュアリーなお茶会@マリオット都ホテル」を、れいくんと昨日してきたんだけど、そこで話して思ったことなんかを簡単にだけどまとめておこうかなと。(⬇︎映画を観まくっているれいくんのnote、彼のアウトプットはほんとに良質だからぜひ観てみてね。


おたく、ってすげーって話

「やりたいことがありません」って言って、もやもや悩んでる人の相談に乗ったりすることも多いんだけど、別にやりたいことがあるのが正解じゃないし、やりたいことと出会っていたら、やるかやらないか、迷う暇もなく行動しちゃってるもんだと思うから、大体の人は「やりたいことなんてない」ってことなんだと思ってるんだよね。

正確には、「やりたいこと」と、まだ出会えてないだけ。

ということは、出会うための行動をすればいいし、出会いやすくなるような自分になればいいだけの話だと思っていて、そんな話はまた今度するけど、今日は、そんな「やりたいこと」とすでに出会っちゃってる人たちのことについて話したい。そう、「おたく」たちのことである。

おたく(オタク、ヲタク)とは、1970年代[1]に日本で誕生した呼称であり大衆文化の愛好者を指す。元来は漫画・アニメ・アイドル・SF・特撮・テーマパーク・パソコン・ゲーム・ミリタリー・模型・交通などの、なかでも嗜好性の強い趣味や玩具の愛好者の一部が二人称として「お宅」と呼び合っていたことを揶揄する意味から派生した術語で、バブル景気期に一般的に知られはじめた。その頃は「お宅族」、「オタッキー」、「オタッカー」と呼ばれた。明確な定義があるわけではなく、現在はより広い領域のファンを包括しており、その実態は一様ではない。

英語では「ギーク(geek)」「ナード(nerd)」という語があり、しばしばマスメディアなどでは安易に訳語として当てられたりしていることも見られるが、どちらも「おたく」とは著しく重ならない部分がある(「ギーク」にはサブカルチャーは含まれず、「ナード」はステレオタイプ・性格に対する蔑称である)。そのためもあり、21世紀頃から、日本語発音をそのままラテン文字転写した「otaku」も広く通用しはじめるようになった。

何某かの分野に熱中・没頭している人物を指して、その分野を接頭詞として「○○おたく」と呼ぶ・自称する場合がある。

出典:Wikipedia

ここにも書いているけど、「おたく」と言っても昔みたいなイメージのものではなくて、最近では、「コーヒーを語り続けるコーヒーおたくのバリスタ」にも出会ったし、正統派の「アニメ・声優さんおたくの車掌さん」の話も聞いたし、一番強烈だったのは「微生物を愛してやまない女子大学生」の後輩がむちゃくちゃおもしろかったんだけど笑、

この人たち、ほんとにそれを好きだから、話している顔も生き生きしているし、ずっと喋り続けるし笑、ほんとに楽しそうなんだよね。話を聞いてるぼくまで楽しくなってくる。

彼らが「頑張って努力している」わけではないことはわかると思うんだけど、「本能的に、気づいたらやっちゃってる状態」ってこういうこと。寝ずに取り組むなんて当たり前だし、稼いだお金だって、際限なく注ぎ込んでしまう。、、変態だよね(褒め言葉)

「○○おたく」とか「○○バカ」と呼ばれる人たちは、幸いにも「自分の心が喜ぶもの」と出会えた人たちなわけで、彼らの人生はきっと、豊かだ。

でも、さっきも書いたけど、多くの人たちはそういうものに出会えていない。そして、悩まなくったっていいのに、「好きなこと」に出会えていないことに悩んで、「自由」とか「収入」とか、よくわからない、それっぽい言葉に振り回されてうまくいかない経験をしている人がほんとに多い。

そういうひとたちに向けての言葉になるけど、やりたいこと探しとか、自分探しとか、そういうことする前に、彼らおたくたちのように、「何か1つ、頑張ってみてもいいんじゃない?」って思うんだ。もちろん選択肢はたくさんある方が良くて、「仕事を1つに絞りなさい」とかそういうことを言ってる訳じゃないんだけどね、

何かを極めたことのある経験
結果を出したことのある経験
死ぬ気で取り組んだ経験

をしたことがある人はそのプロセスを知っているわけだから、新しく何かを始めるときにもその感覚が当然活きてくる。本質を掴んだ状態でのチャレンジになるから、その後の人生にも応用が利いてくるんだよね。

例えば、なんだかんだ言っても高学歴な人たちの方が、そうでない人たちに比べて優秀な人が多いのは統計で出ているんだけど、それも同じことだと思っていて、高学歴の人たちほど、ストレスやプレッシャーの中で耐えながら結果を出す、という一連の「プロセス」を経験しているから、結果的に仕事でも応用を効かせられる人が多いんだと思うんだ。(使えない東大生がいる、みたいな論調に関してはここではスルーするけど。笑)

「好きなこと」がないなら、
その時が来るまで「やるべきこと」をとにかくし続けよう。

やるべきことがわからないなら、もっと世界を知ろう。

世界を知れないなら、とにかく出会いを増やそう。

言われてできないなら、環境を選ぼう。

結局、ぼくたち凡人にとって最重要なのは、

誰といるか、どこにいるか、なんだから。

そういう環境を、
ぼくたちの周りくらいには用意しておきたい。

迷ってる人がいれば、いつでも聞いてね。

人生に迷ってるなら、自分探しなんてせずに、やるべきことを。

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クリエイティブディレクター|著書「ぼくたちは、自分を変えることができない。」 https://amzn.to/32cuAer| 偏差値67の元ガテン系男子。庭師・木こりなど現場職を経て、現在はWEBデザイン・プロデュースなど、価値を掘り出し広く届けるおしごと|90年生まれ
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