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趣味の聖域

17日のITmedia ビジネスオンラインに「GRヤリスで『モータースポーツからクルマを開発する』ためにトヨタが取った手法」という記事を書いた。詳細は長くなるので記事を読んでもらうしかないが、とにかくあのトヨタがよくぞここまで変わったと言う多分大きなターニングポイントになるクルマだ。切り口が無数にあるので、全部には触れられないが、ポイントは自動車競技から生産車を生み出すところにある。

吊るしの状態で、競技レベルのセッティングを出すために流れ作業をやめてセル式生産システムを使ったり、テストドライバーの操作とクルマの動きを全部ログに取って、データと付き合わせて修正していくみたいなことが行われている。つまり何かと言えば、記事の表題通り、トヨタはモータースポーツの手法を生産車に取り入れていこうと考えており、そういう意味ではトヨタの本業にとってモータースポーツは欠かせないものになっているということである。

「レースは宣伝活動の一環」みたいなスタンスだと、景気の波で打ち切りになったりするが、トヨタの場合、もはやそれは生産車を作っていくための工程のひとつなので止めることはありえない。まあホントにそうかはわからないけれど、今の時点ではトヨタはそう説明している。筆者の様に経営とか経済側からクルマを見る癖のある人間からは極めて面白い話である。

ということで書いた記事について、SNSで知人のラリーカメラマンからちょっと疑義が挟まれた。「これって本当に本気なの? 国際でも国内でもハマるクラスがないんだけれど」。彼は面白い人で普段割と狂犬キャラを自分で押し出しているのだけれど、そこはちゃんとフリーとして社会を渡っている人、ボクの記事に対して多分本当はもっとカチンと来ていたはずなのに婉曲にコメントを書いてくれた。

行間に滲む彼の主張を予想するとこうである。「お前ラリーのレギュレーションも知らないで、ホモロゲがどうとか書くんじゃねぇ。馬鹿にしてんのか?」

まあ実際彼の様に毎度毎度財布を逆さに振って世界中のラリーに写真を撮りに出かけている人に言われるならもう仕方がない。何しろ行って撮っちゃってから、誰か写真買ってくれみたいなことで、行くために写真で現金化している様な人なのだ。

顛末の中でわかっていることだけ言えば、WRCのレギュレーションが昨年末に変わり、開発してきたGR4は21年の1年だけで活躍の場を失いそうなのだ。まあ、その後はその後で競技車を市販するとかの方法で新たなレギュレーションへの対応はできるのかもしれないがそれに対するトヨタからのアナウンスがまだない。

そういうところが彼には「トヨタ馬鹿じゃねぇの?」に見える。クルマの開発にいくらかかっているんだと、それを1年で終わりかと。まあ確かに発表は昨年末だったのだけれど、レギュレーション変更に関する議論はその前から行われていたし、普通はそこでロビー活動とかも行うものだろうと。彼はそういうぬるいトヨタの姿勢がわからない。間抜けなのか? と思っている。

うーん。そうなるのはよくわかる。これは良い悪いじゃなくて、多分トヨタはそう考えてない。ニュルブルクリンクでもそうだったが、前年2位入賞したRCを、すっぱり捨ててLCへと変えた。いやいやRCの方が勝てる可能性あるでしょう? と聞いたら、いや勝てるルートが見えたらもう良いんです。開発的にはやるべきことは終わっているから。そうトヨタ幹部は答えた。

ここの説明はとても難しい。トヨタはレースで勝利を上げることを目的にしていない。そう言い切ると少し違う気もするが、でも「絶対に勝て」ということではない。例えば、優勝請負人みたいなドライバーを連れてきてそれで勝つことに、トヨタは意味を見出さない。あそこでトヨタがやっていることは市販車開発のための開発速度向上と新手法の研究開発であって、レースはそのための道具でしかない。極論を言えばレース以上にその題材に相応しいものであればそっちでも構わない。

なので、ラリーもまた同じなのではないかと思っている。つまりとあるレギュレーションに合致したクルマを作る。その開発自体が目的であって、できたクルマに都合の悪いレギュレーションになったことは割とどうでも良いし、そのためのロビー活動なんて全く興味がない。むしろ、レギュレーションが変わったのであれば、その新しいレギュレーションでまた新たな研究開発ができる。

一方魂が呼び寄せるようにモータースポーツを愛する人たちはそのシステムパッケージごとモータースポーツが好きだ。ドライバーの移籍やレギュレーションの変更なんてことを各チームがどう消化していくかも含めて興味の対象であり、そういう全てに全力投球しない姿勢には「貴様勝つ気があるのか!」となる。同じラリーを挟んでこの2者は似て非なるものだと思う。一方は、ラリーで闘うことが目的であり、そのための手段として車両を開発する人たちとその周辺クラスター。他方は車両の開発が目標であり、ラリーに出ることはその手段に過ぎない人たちと、それに便乗する人たちのクラスター。

筆者にはトヨタの事業アプローチが面白くてたまらないが、モータースポーツファンからすると「お前、商売の都合で土足で踏み込んでくんじゃねぇ!」という割と強い拒絶があるかもしれない。まあ難しいところで、レースの世界はスポンサードとコマーシャリズムの世界で、商売っ気のある人々が入り込んで来てくれないと始まらない。ただ、トヨタの様に、主たる目的が競技の本番じゃないなんてケースはこれまでなかった。

トヨタにそんなつもりはないのはよくわかっているけれど、趣味の聖域に、同志じゃないスタンスで触るのは意外に危ないかもしれない。そんなことを考えた。

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