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シリコンバレーのアルゴリズム心臓病診断スタートアップ経営記(3)

この連続記事をブログとして書いた経緯、この会社の後日譚、noteへの再掲に至った経緯などについては「序」をお読みください。

◆◆◆◆◆◆◆◆以下オリジナル投稿◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

少々間が空いてしまいました。過去5年半のスタートアップ体験、前回は「どんな会社で働いていたか」を専ら医科学的背景を中心に書きましたが、今回もその続きです。

ここで少し立ち戻った話から始めさせて頂きますが、この「どんな会社」というのは親族、友人、知人にもこれまで当然訊かれてきたことですが(この4〜5年懇意にさせていただいた方に「今回ブログを読んで初めてどんな仕事をしていたか知った」と言われたのは汗顔の至りですが)、そういう場でまず訊かれることは「日本(起源)のベンチャーなのか?」「バイオテクノロジーの会社なのか?」でした。この2つはこのブログをここまで読んで頂いている方もおそらく訊きたい事なのではと思うのでここでお答えしておきます。

まず「日本(起源)か否か」ですが、日本には全く関係の無い会社です。前回も書きましたが、創業チームは全員スタンフォードの医学部出身、基礎テクノロジーも米国政府から委託した研究プロジェクトから派生したもの、資本も全て米国のベンチャーキャピタルから、そして当面は日本はおろかアメリカ以外の市場への進出予定は無い、といったこの上なくアメリカ基盤のスタートアップ(ベンチャー)です。その中で、日本出身者であること・日本語が話せる事とは全く無縁の仕事をしていました。

次の「バイオテクノロジー(以下「バイオ」)の会社か」ですが、これはバイオをどう定義するかにもよるのですが、当社は「ライフサイエンスないし医療業界」の「診断テスト」の会社ではあっても所謂遺伝子の働きそのものを操作して医薬品を作るという狭義のバイオ企業ではありません。しかも前回も書いたように当社のテクノロジーというのは単独のDNA/RNA/タンパク質といった人体の状態を示す化学物質(バイオマーカー)を検出する、あるいは多いか少ないかを測定して病気か否かを判定する、というアプローチではなく、そしてまた検出のための試薬や装置を売るのでもなく、複数のタンパク質の血中濃度の「(健常者と発病者の間の)違い」により示される心臓発作のリスクをスコアとして表示する統計的アルゴリズムを作る、というものです。

換言すれば血液から得られる「タンパク質濃度」というデータにITを駆使した統計分析を適用し、生物学・医学的な意味のある情報(=心臓発作のリスク)を抽出する、というのが当社の狙い、ということになります。そういう意味では当社は「バイオインフォマティックスの会社」であった、と言っても良いかと思っています。実際、当社の技術開発チームはタンパク質の専門家と、統計・データベース・プログラミングの専門家から構成されていました。

いささか背景的な話が長くなりましたが、ではそんな当社で作っていた「心臓発作のリスク判定テスト」、会社を起こし(巨額の)お金を集めるからには製品としての「価値」が無ければ成立しないわけですが、それがどういうものであるかについて書いておきたいと思います。

なお、上記事情に基づき、医学的な話はアメリカにおける状況を踏まえたものに限らさせて頂きます。また、あくまでも以下の説明は「医学の専門家ではない」私の知識と理解に基づくもので、単純化が行き過ぎているかもしれません。その結果生ずる誤りや説明不足な点は全て私の責任です。

現在、医者が冠動脈の動脈硬化起源の「心臓発作(前回に引き続き心筋梗塞and/or狭心症とお考え下さい)」を起こすリスクを判定する際には性別、コレステロール値、血圧、年齢、喫煙の有無、といった「危険因子」により計算されるフラミンガムリスクスコア(以下「FRS」、アメリカはマサチューセッツ州のフラミンガムという場所の住民を対象にした数十年にわたる健康調査から導出されたものでこの名前があります)、あるいはそれに高脂血症や糖尿病の有無、家族の病歴といった要素を加えた派生的な手法が専ら使われています。これは生活習慣病やメタボリックシンドロームといったものが動脈硬化そして心臓病の背後にある、という研究成果を踏まえ、有効性も実証されている手法ですが、そこから得られる結果は上記の危険因子の有無をもって「10年以内に心臓発作を起こすリスク」を「高(20%以上)」、「中(10-20%)」、「低(10%以下)」という3つのカテゴリに分類するものです。乱暴な言い方をすれば医者はこの結果を診て患者に「あなた危険因子が多い(少ない)ので注意が必要(そんなに注意しなくて良い)ですよ」と言うわけです。

このFRSが主流となっているところに新たな診断テスト(以下「新テスト」)を開発して売り込もうという当社にとっては新テストがFRSより「優れている」ことを実証しなければならないわけです。科学的には当社の新テストは前回説明したように「いつ剥離するかもしれない冠動脈内の不安定なプラーク形成」という心臓発作の直接的原因に基づき「近々発作を起こす」リスクを数値化するものなので「危険因子(=病気に繋がる要素)」の有無により「いずれ心臓発作を起こすかもしれない」という結果しか示さないFRSに比べれば「科学的に優れた」ものである、と主張できるわけですが、それだけでは製品として、会社として成立しません。

実際に医療の現場で数多くの患者に使ってもらい、そして医療保険(民間保険会社とメディケア等の公共保険)からのReimbursement(「償還」と訳されることもありますがここでは簡単に「保険支払」とします)を受けられなければ、売上げも収益も立たず、金銭的な企業価値を上げて投資家を満足させるようなリターンを得ることが出来ないのです。

では新テストが「使ってもらえる」そして「払ってもらえる」ものになるためには何が必要かと言えば、「臨床価値」と「経済価値」(これら用語も当ブログで便宜上採用しているものです)を示す、ということになります。

より具体的に言えば、まず臨床価値は「新テストにより医師の診断・治療行為がどう変わるのか、結果としてどれだけの患者がより適切な治療を受け心臓発作を回避できるのか」ということになります。当社新テストの場合、単純に言えば「FRSでは現状見逃されている患者を発見し、薬品を処方する等して発作の可能性を下げる事が可能となる、その対象は年間X万人であると予想される」が臨床価値である、ということになります。

経済価値は、これは当然臨床価値なくしては成立しないのですが「新テストの導入により導入前に比べ一起きれば一回Y万ドルの緊急手術を必要とする心臓発作が年間X万回回避された(本当は死亡した患者のコストや、発作→手術以外のケースも考慮しないといけないのですが、ここでは単純化しています)。代わりに処方した薬品のコストを差し引いても、新テストはヘルスケアシステム全体からZ億ドルの支出削減を可能とするので、テスト一回あたりの価値はこのぐらいある」ということになります。誤解の無いように書いておけば、実際にはこうした計算で診断テストの保険支払額は決まらず、既存の他のテストとの兼ね合いや個々の保険会社との(しばしば政治的な)交渉次第なのですが、こうした議論ににより「価値の上限」を主張している、とお考え下さい。

なお、上でXやらYやらばかりで具体的数値が書かれていないことが物足りないかもしれませんが、この辺りの数字はまだ進化中なので明言を避けさせてください…。ただ、一応規模の見当をつけて頂くという意味で申し上げれば、この「新テスト」の潜在的対象となる患者は年間で最大2,100万人であると推計されています。これら全員にテストを適用するわけではないにせよ、ベンチャーキャピタルから数千万ドルの投資を受けることができる程度には大きい市場を狙っていた、ということが伝われば何よりです。

今回、実は書いていてどこまでこうした話、しかも諸般の事情により「ぼかし」の入った内容になってしまったな、と思っているのですが「どんな会社でどんなものを作っていたか」は多少ご理解頂けたでしょうか?

あと何回書くのかはわかりませんが(そんな長期連載にする予定はないです)、ご質問・フィードバック、よろしければお寄せ下さい。

お会いしないとお話できないこともあるかもしれませんが(笑)。

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