#11 ニュージーランド蹴破り日記その1-10
次は「テカポ」に来た。テカポは、日本にいた時から楽しみにしていた。この時初めて海沿いの町を離れた。白い雪をかぶった青いサザンアルプスを眺めながら、内陸へ走った。
道が下り坂になると、見たことのない青色が目に飛び込んできた。
「テカポ湖だ!」
なんだこの色は。こんな色の湖は見たことがない。支笏湖の透き通る深い青とも、恐山の極楽浜に広がる黄が入り混じった青とも違った。
緑がかっているが、「青」だった。光を色にしたような、明るい青色をしていた。
ごろごろ転がる大きい石の上を、湖の淵へ歩いた。水面がきらきら輝いていた。対岸に連なる山を覆う、雪の白もまぶしかった。足元の水は透き通って、丸い石の輪郭がはっきり見えた。
星空を見たくてテカポに来た。しかし昼間のテカポ湖もまた、美しかった。
宿のスタッフの方に、どこで星を見るのが良いかと尋ねたら、
「どこでも! 時間は九時以降がいいと思いますよ」
と答えてくれた。
最大限の防寒の準備を整え、九時を待った。分厚いヒートテックのシャツも、タイツも、三月にドイツに行ったとき以来だ。「国立 少林寺拳法」のウインドブレーカーに至っては、京大馬術部で着た以来だ。高校時代に毎日のように畳にこすりつけられたのち、京都で馬のよだれを付けられたこのウインドブレーカーも、赤道を越えて夜風にあたるとは思わなかっただろう。ダサくないことより、寒さを防ぐことを優先した結果だ。
九時ちょうど頃に部屋を出ようとすると、
「行くのね! 楽しんできて!」
と、とてもかわいいスコットランド人の女性が送り出してくれた。この後に待つ、まだ見たことのない星空へ、気分が高まっているのが感じられた。
外に出て、湖のほとりで空を見上げた。星は、そんなにたくさん出ていなかった。西の空の下のほうが、まだ明るい。街灯や宿の明かりもある。周囲が明るすぎる気がする。
暗いところへ、暗いところへ。湖の淵を、町から離れるように歩いた。みるみるうちに、空が暗くなってきた。ライトで照らさないと、足元も見えなくなってきた。しかしまだ対岸がまぶしい。暗いところへ、暗いところへ。ウミガメってこんな気持ちだろうか。
湖の淵はぬかるんで歩けなくなってきたので、舗装された道路に出た。思っていたより暖かい。「国立 少林寺拳法」でなくともよかったかもしれない。暗いところへ、暗いところへ。道の先を野ウサギが二羽、横切った。暗いところへ、暗いところへ。舗装された道路を外れ、山道の入り口に来た。もう本当に、ライトで照らさなければ周りが見えない。これ以上進めば、木に遮られて空が見えない。
近くの石に腰かけて、ライトを消した。周りから私の姿は見えないだろう。そして空を見上げた。
星は確かに、たくさんあった。しかし、あまり光が強くない。なんというか、輝きが弱い。小学校六年生の時に母と行った、沖縄の浜辺の星のほうが、よっぽど眩しく、光輝いていた気がするぞ。
しばらくそこで空を見上げたのち、もっときれいに見える場所を求めてさまよった。見え方はあまり変わらなかった。
本当に、これなのだろうか。
「テカポの星空は素晴らしい」
と、色々な人が言っていた。たくさんの人を感動せしめ、世界遺産にしようとまで突き動かすテカポの星は、本当にこれなのか?
たぶん、これではないのだろう。今日も晴れているが、明日はさらに気象条件が良さそうだ。明日こそは、テカポの星の本当の輝きを、見られるだろうか。