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#12 ニュージーランド蹴破り日記その1-11

 翌朝、「アオラキ/マウント・クック国立公園」に行った。 
 テカポ湖の南西に位置する「プカキ湖」の南側を回って西へ、車で一時間少々走った。この道中にも、テカポ湖に劣らず美しいプカキ湖と、白い雪をかぶったサザンアルプスの眺めを楽しんだ。
「なんだこれは!」
 が止まらない。山は、昨日沿岸からテカポへ走った時より、近くて大きい。空は晴れ渡っている。日差しが強くて、手の甲がじりじり焼ける。
 「アオラキ/マウント・クック」は、標高三七二四メートルの、ニュージーランドで最も高い山だ。その風景を堪能すべく、「フッカー・バレー・トラック」を歩いた。マウント・クックの麓の「フッカー湖」から流れる「フッカー川」を遡るように、谷間を行くのだ。
 歩き始めてすぐ、左手にどっさり雪をかぶった山が見えた。雪の白がまぶしい。ふもとには湖があり、こちらへ川が流れている。
 その山際に、水色の、分厚い氷の断面が見えた。氷河だ。この山に、そしてサザンアルプスに覆いかぶさる白いものが、単なる雪ではなく「氷河」であることを、私はようやく理解した。
 氷河からは、白い煙か湯気のようなものが出ていた。氷が溶け、岩を削りながら山を下って、湖ができ川が流れる。湖と川の水は、灰色がかった緑色をしていた。
 コースを進み、フッカー川にかかる吊り橋を二つ渡った。二つ目の橋の下では、灰色がかった緑色のフッカー川が、ごうごうと激しい音を立てていた。川には大きな岩がごろごろしていた。
 景色は、いつの間にかずいぶん灰色が多くなった。道の両脇も、左右の山も、灰色の石や岩でいっぱいだ。空に、巨大なカヌーのような雲が浮かんでいた。太陽がカヌーの先端に隠れると、景色はさらに灰色になった。

 それは突然、現れた。マウント・クックだ。中央がまっすぐ高く飛び出したような形から、すぐに分かった。
 この山はまた一段と、大きな氷河をかぶっている。遠目にも、厚い氷の断面がたくさん見える。雲を通した光を浴びて、眩しい白ではなく、ひんやり青い白に光っている。
 谷間にマウント・クックを見上げながら、道を進んだ。進むにつれて左右の山が近くなる。岩の溝に、氷が張っているのがよく見える。
 道は最後に右へ曲がった。すると初めて、目の前にフッカー湖が現れた。それは、マウント・クックを初めて、頭からつま先まで眺めることのできた瞬間だった。
 灰色がかった緑色のフッカー湖には、大きな氷の塊がいくつも浮かんでいる。波が立つと、大きな氷がごとごと揺れる。
 その湖の背後で、マウント・クックは青白く、堂々としていた。高くせり出す中央部分の両脇に、いくつもポコポコと盛り上がった形をしている。富士山のように、稜線がなだらかで山裾が広大に見えるわけではない。山脈の一部であるので、単独の山としての姿は見られない。
 それでも、マウント・クックには威厳があった。「大きい」と感じさせる存在感があった。空にまたがる大きな雲を、従えているようであった。
「これが、アオラキ/マウント・クック!」
 山の頂には氷の塊が、白く鋭くとがっていた。天を突きさす、剣のように。

 その晩は昨日よりも雲が少ないようだった。観察場所についての追加情報は得られないまま、昨日と同じ場所へ向かった。途中でまた野ウサギに会った。
 星は昨日よりたくさんある。空や周囲が、明るく見える気がする。いくつか小さな雲があるのも、星明かりでわかる。
 しかし「数千個」という感じはしない。いや、千はあるだろうけども、例えば三千という感じはしない。
 もしかしたら私は単純に、星より月のほうが好きなのかもしれない。今日は月が出ていなかった。散りばめられた星は確かに美しかったけれども、私はただ一つ、デンと構える大きな丸い月のほうが好きなのかもしれない。
 明日は天気が悪そうなので、テカポの星空は今日でひとまず見納めだ。冬にまた来よう。オーロラを見に来なければならぬ。


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