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コロナ第2波に備えてオランダが取り組む「命の選択マニュアル」、若者と医療関係者を優先か

新型コロナウイルスの「第2波」が来て、ICベッドの残りがあと1台になってしまったとする。そこに、ICベッドを必要とする重症患者3人――82歳の男性、24歳の独身女性、そして3人の子供をもつ48歳の母親――が運ばれてきたと想定しよう。さて、誰にICベッドを与えるべきか……?正解はないし、考えたくない難しい問題だが、最悪の事態を考慮して、オランダの関係機関はこの問題に取り組み始めている。

(写真は6月24日、最後のコロナ記者会見をするルッテ首相。コロナ感染が落ち着いたため、月からさらにいろいろな規制が緩和される。)

誰の命を優先するのか?

 「暗黒のフェーズ(Zwarte face)」――コロナ第2波で、重症患者用のICベッドを2400台に増やしてもまだ足りない状況を指す言葉だ。オランダの医療専門家連盟(Federatie Medisch Specialisten)と医療連盟KNMGは6月16日、この「暗黒のフェーズ」で誰に優先的にICベッドを与えるのかについての「プロトコル(手順、規則)」案を発表した。まあ、平たく言ってしまえば、「命の選択のためのマニュアル」みたいなものだ。

 同プロトコルによると、まず優先されるのは、「ICベッドを使う期間が短い人」。短期間でグッと回復が見込まれるのなら、その人を優先して次の人にベッドを空け渡してもらおうということだ。

 その次は年齢。すでに人生を謳歌してきた老人と、人生これからの若者が運ばれてきた場合、若者が優先される。さらに、医療関係者が優先されることが、プロトコルに盛り込まれた。

 各人のライフスタイル、国籍、心身の障害、社会的地位は考慮されない。例えば、3人の子供を持つ母親と、独身の配管工の権利は同等である。

 また、糖尿病患者が後回しにされることもない。太っていて糖尿病を患っていたりすると、「自己責任だ」とされることがあるが、ワーゲニンゲン大学で哲学を研究するマルセル・フェルウェイ教授によると、「誰がケアをうける権利があるかを問う時、自己責任は問われない」(『AD』)。「この危機に及んで、病状がどこまで自己責任なのかを評価する法廷を設立しなくちゃならないんですか?自分は良い生活を送っているから健康だと考えるかもしれないけれど、それはその人の教育レベルとか、社会的・経済的地位とか、遺伝子とかによる可能性もある。それは白か黒かじゃないんですよ」(フェルウェイ教授)。

プロトコルに批判、「早い者勝ち」の提案も

 「医学的な考察から離れて、年齢で仕分けるのには賛同できない」と言うのは、マルティン・ファンライン医療相(PvdA)。彼はこのプロトコルに異議を唱え、「医学的に考慮されるべきことを考慮しつくした後は、運ばれてきた順にするべきだ」と訴える。このほか、医療・青少年監察局(IGJ)も年齢による優先順位の決定と、医療関係者の優遇に対して疑問を呈している。

 私自身、この基準について考えてみた。結論から言うと、私は若者と医療関係者を優先する現在のプロトコルに賛成だ。医療関係者については、彼らが助かることで、より多くの患者が助かる可能性があるからだ。ただでさえ感染リスクの高い状況で仕事をする中で、医療関係者が次々とコロナで亡くなってしまう状況を考えると恐ろしい。

 そして年齢。これは、誰にも変えられない明確なエビデンスで、危機状態のカオスにおける決定では有無を言わせぬ説得力があると思われるからだ。

 もちろん、人生いろいろで、例えば80歳を超えて理想の相手に巡り合い、「オレの人生これからだ!」と人生の春を謳歌している老人もいれば、20歳そこそこでも身体に苦痛を伴う障害に苦しみ、近々「安楽死」を考えている若者もいるかもしれない。まずは「ICに入りたいか?」という問いに対する本人の意思が尊重され、それが決定に反映されなければならないだろう。

 実際、自分がコロナにかかって重症化した場合、「ICには入りたくない。自分よりも若い人に人生を譲りたい」と考える老人は多いらしい。しかし、それでもICに入りたい人が多ければ、選択の基準としては、年齢がいちばん明確で公平なのではないか…と思われるのだ。

 私自身、9歳と13歳の子供を抱えるシングルマザーとして、もしコロナにかかって重症化してしまったら、子供のために何としても助かりたいと思う。それでも、どうしてもICベッドが足りなくなった場合、タッチの差で「早い者勝ち競争」に敗れるよりも、年齢差で若い人が選ばれた方があきらめがつくような気がするのだ(重症化に「タッチの差」があるのかどうか分からないが……)。

 人の命に関わるこのプロトコルは、これから医療関係者や各種専門家、そして国民の意見を広く聞いた上で慎重に調整される見通しだ。

今、そこに危機がない時に

 6月23日、オランダでは新型コロナウイルス感染による死亡者数がついにゼロになった。3月12日に初めてオランダでの感染者が公式に発表されて以来、4月のピーク時には1日の死亡者数が200人以上に達していたが、3カ月が経過し、オランダはようやく「コロナ収束」の様相を呈している。互いに1.5mの距離をあけるルールは継続となるが、7月からはサッカースタジアムでの試合観戦も可能になるし、夏休み明けには中高校も全面的に再開する。

 今回のプロトコルも、コロナ騒動が落ち着いたタイミングで発表された。こういうすごく難しくて決めにくいことを、差し迫った危機がない時期に話し合っておくことは、とても大事なことだと思う。危機が訪れてから、余裕のない状況で十分な議論もないままに即決しなければならない事態になれば、それは皆にとって大きな悲劇だ。

 オランダの取り組みを見るにつけ、私はふと、日本の「女系天皇についての議論」を思い出した。秋篠宮に悠仁さまが生まれる前、皇位継承できる男子がいないということで、「女性天皇」や「女系天皇」に関する議論が国中をにぎわせた。現在も細々と議論は続いているようだが、悠仁さまが生まれて、当面の危機が遠のいた時点で、国民を巻き込んだ議論はシューッとしぼんでしまった感がある。

 万人を満足させる「正解」がないながらも、多くが納得できる解を求めて、危機が迫っていない時に真摯に、正直に向き合うオランダの姿勢は見習うべきものではないだろうか?もし、今冬に「コロナ第2波」が来て、各国でICベッドが足りなくなることがあれば、オランダのプロトコルは大いに各国の参考にされることだろう。

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