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新宿L/R ~フェイクの中で(4)

 しのぶは一段高くなった場所にぴょんと上がり、フロアを一度見渡した。この風景が好きだった。風景ではない。状況だ。黒くて丸い頭が隙間なくしきつめられ、この空間で上下している。鳴っている音は高鳴る血流が生み出す鼓動に似て客の体を床から跳ね上げるのだ。規則的なリズムに流れる気流が渦をまいて天井にとどき、ミラーボールを回し続けている。きらきら光る鏡の反射が壁から床から客の顔へと揺れ動き、めくるめく気分を運んでくれる。

 しのぶは目を一点にしぼり、両手の人差し指と親指でフレームを作ってみた。このレイアウトでシャッターを切ったらどうなるか、どんな写真ができるのか、考えてみるだけで楽しくなる。DJが変わった。待ち構えた客の高揚感を利用するかたちで、DJは飛ばしまくる。激しく揺れるビート、早過ぎない速度で繰り返される重低音。床を踏み鳴らす客のステップ。しのぶは視線を感じた。右少し斜め後ろから、固定した目がこちらを見ている。盗み見してみる。目が合う。しのぶも見返す。ウインクするかしないかのぎりぎりの仕草をしのぶは返してやる。定点観察する男の目はしのぶをとらえ、大股で近づいてきた。しのぶのすぐ横に立ち、手をしのぶの腰にあててきた。
 

しのぶはその手を払うことなく、曲に合わせて腰を振る。両手を頭上に上げて腰の周りを無防備にする。男はロゴ入りのTシャツにだぼだぼのジーンズ、派手な蛍光イエローのシューレースを通した白のスニーカーをはいている。DJは曲をじりじりと変えてくる。いくつかの不協和音が響いて音の遷移がはじまる。手はしのぶのくびれたへそまわりにからみつき、服の上から尻の形を確認しようとしてくる。ジーンズのウエストから出ているおへそに人差し指が入ったとき、しのぶはその手を振り払った。立ち止まらずに踊りながら。顔なんて見たくない。目はずっとウタイを見ている。または前方でゆらゆら踊る隆文を。すると壁面からしゅーっと音がしてスモークが流れてきた。目の前が一瞬、見えなくなる。その間に男の手は再びしのぶのおへそを探しあて、やわらかい肉の間に5本の指を押しあててくる。ピピッ、メールの着信音がした。それを合図にしのぶはぴょんと一歩前へ出て指から逃れた。前にはスモークにむせている人がいる。隆文だ。大丈夫?と聞くと涙をながして大丈夫、と答える。

 しのぶは復讐を考えている。男に対する復讐を。それはしのぶなりのやり方で。

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