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「ヴォーロ・コズィ」西口大輔さん、5月18日の答。

―2カ月の休業、テイクアウトと宅配―

閑静な白山の街で、イタリアそのままを続けて14年。「ヴォーロ・コズィ」西口大輔シェフが、初めて「料理を店の外に出す」ということをした。SNSとも無縁だから、宣伝なし、予約制、リストランテと同じ手間を掛けた、いわばアナログなテイクアウト。その試みを支えているのは、常連たちとの深いつながりだ。


落ち着いた街、長いつき合いの常連さん


とにかく、お店を閉めなければいけない。一番にそれが決まりました。休業です。客席数を絞ったり、時間を短縮したりという縮小営業は、まったく頭になかったです。

なぜかというと、「ヴォーロ・コズィ」は文京区白山という、落ち着いた街にあります。顧客はご近所の方や、僕が代々木上原「ヴォナ・ヴィータ」でシェフをしていた時代(現在閉店。1996年〜2000年)からの長いおつき合いの方が多い。
つまりお客さんの年齢層が高くて、70代も珍しくありません。

コロナは高齢者のリスクが高いと聞いていたので、何かあっては絶対にいけない
僕は、ずいぶん前から覚悟はしていました。イタリアがどんどん深刻になっていった2月くらい(※1月31日にイタリアが非常事態宣言、2月22日にはロンバルディア州の一部が封鎖)から、日本にももうじき必ずくる、と思っていたので。

イタリアで最も長く働き、僕がシェフを務めていた店のあった地域が、まさにロンバルディア州パヴィア。真っ先にロックダウンされて、被害も深刻だった州です。
今も現地の料理人仲間と毎日のようにビデオ通話をしていますけど、本当にそうとう辛そうでした。

僕が悩んでいたのは、休業をいつ始めるか?ということだけです。3月の時点では変わらず席が埋まってくれていたので、どこで見極めるか。
ずっと様子を見ていました。
そうしたら3月29日日曜が突然、全部キャンセルになったんです。27日金曜には、都知事により週末の外出自粛が強く要請されたので、その影響かもしれません。
このタイミングで、今だ、と思いました。

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