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トラットリア シチリアーナ ドンチッチョ/渋谷

OPEN→2006.10.30

前回「ロッツォシチリア」の店主2人が出会い、ともに育った店。
渋谷「トラットリア シチリアーナ ドンチッチョ」は、東京にシチリア料理の楽しさを教えてくれた石川勉シェフにとって再出発の店でもあった。
前店の閉店が急遽決まり、解散。それぞれの8カ月を経て、再び全員が集結したのが2006年10月のこと。
石川シェフはベテランながら初めてのオーナーシェフ、ということで『料理通信』2007年1月号の「新米オーナーズストーリー」にご登場。
ちなみに連載は第7回、私は雑誌のライターになってまだ1〜2年の青い青い原稿。この10年後、『dancyu』 2016年12月号の連載「東京で十年。」にて「ドンチッチョ」とチーム石川が歩んだその後の道のりを書いています。
※写真は2016年のものです。

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思いがけない人生のエアポケットを肥やしに、
チーム再結集


 開店4日目の「トラットリア シチリアーナ ドンチッチョ」は、再開を祝う花々に埋もれていた。
 店中に響く客の笑い声。人の出入りの度、サーラ(客席フロア)や厨房から「こんばんは!」「ありがとうございました!」と真っ直ぐな声が飛んでくる。
 みんながこの夜を待っていたのだ。
 食べる人も働く人も、店そのものが喜んでいる気がして、ちょっとジンときた。

 この年(2006年)2月、元「トンマズィーノ」の閉店は、顧客だけでなく本人たちにとってもまさに青天の霹靂だった。突然電話がつながらず心配した人も多いだろうが、知らせることも叶わないほど急な出来事だったのだ。
 石川勉シェフやスタッフは、その日からバラバラになった……と思いきや、チーム石川の結束力は固かった。

「僕について来たって何の保証もできない。いつ新しい店をオープンできるかもわからないし、ましてスタッフはほぼ全員が新婚。奥さんの顔もちらついたしね(笑)」という石川シェフは、この8ヶ月で体重が8kg減った。
 そんなシェフの心労を察してか、スタッフ一同「いつ再開できるのか」なんて誰も口にせず、ただ黙々と“その日”を待ち、仮の姿で世の中に潜伏した。目処なんてひとつも立っていないのに「これで終わるなんて誰も思っていなかった」という。

 ぽっかりできた人生のエアポケット期間、石川シェフは「どうせなら、いつもはできないことをやったら?」とスタッフ達に伝えたそうだ。
 「新聞やニュースを見る、本を読む、食べ歩きに行く、何でもいいんですよ。若い子ならいざ知らず、30歳も過ぎたら“いい部分を伸ばす”のでなく“足りない部分を補う”ための努力が必要」

 そしてチーム石川は素直に実行。
 スーシェフの古門さんは料理教室や出張料理をしつつ日本各地を食べ歩き、古川さんはワインに強い店で働きながら料理とワインのマリアージュなどを学ぶ。栗林さんは知り合いの店を手伝いながら調理師免許を取得し、普段パンとドルチェを担当している国府さんは先輩の店で料理の経験を積んだ。
 サービスの阿部さんはワインを扱う会員制の店で働く傍らソムリエの勉強に励み、米津さんはイタリアのワイン見本市「ヴィーニタリー」も訪れたという。じつは米津さん、この業界に足を踏み入れて以来、石川シェフの下でしか働いたことがなかった。

 「情報誌でサービスの仕事を探して、他の店やホテルで働き、初めて違うサービスの形を知りました。いい経験になったと思います」と米津さん。
 この期間不安はなかったが、しかしサービスの仕事をしているのに、なぜか接客から離れている感覚があったのだとか。
 「派遣された現場では、接客というより作業のような仕事が多くて。やはり僕がやりたいサービスは、ここにあるんだとわかったんです」

 阿部さんもまた他の現場で「優先順位が違う」と感じていた。
 「うちは“こういう仕事がしたい”っていう思いが共通なんです。みんながそこに向かっているから、ケンカもするけど、仕事をしていて変なイライラがない。お金ももちろん大切ですが、営業前の緊張感とか終わった後の気持ちよさとか、他では手に入らないものなんだなと」

 チーム石川の哲学は、「やるべきことを、きちんとやらないと楽しくない」ということ。
 お客さんに喜んでもらえなければ、自分たちも楽しくない。そのためのサービスは、料理は、店はどうあるべきか。ここを踏まえた上での「毎日楽しくがモットー」である。

 図らずもこの8ヶ月間は、スタッフ全員にとってそれを再確認する時間になった。
 2006年10月30日。
 だからみんなが水を得た魚のように、喜々として泳ぎ始めた。モチベーションが高まる一方のスタッフたちを、「謙虚に、謙虚に」となだめ手綱を引き締める石川シェフは、一組一組の客を丁寧に見送り、頭を下げる。
 その表情には、喜びというより感謝の念が滲んでいた。

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トラットリア シチリアーナ ドンチッチョ

東京都渋谷区渋谷2-3-6 ☎03-3498-1828 

『料理通信』2007年1月号〈新米オーナーズストーリー〉vol.7
※写真は雑誌掲載のものではありません


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