見出し画像

ロマンティコ/白金台

2006年7月号。『料理通信』創刊号であり、新米オーナーズストーリーvol.1は白金台のイタリア料理店「ロマンティコ」でした。
シェフの中山健太郎さんは、日本におけるイタリアンがまだ「東京の知る人ぞ知る新しい料理」だった1980年代から修業を始め、研修機関のICIF(イチフ)1期生として1992年に渡伊。シェフとして多くの料理人も育ててきました。
その中山さんが独立したのは2005年12月、38歳です。イタリアンブームの栄華盛衰を目の当たりにし、常に世が動く前にその先を読んできたシェフが選んだ独立は、「一人」「カウンター」「大人」がキーワードでした。
実際、『料理通信』ではこの3号後、同年10月号でカウンターの店を特集しています。
私は、この取材で初めて「東京には、町にも流行りがある」という言葉を聞きました。それがずっと心の片隅に引っかかったままで、その後2014年から始まる『dancyu』での連載「東京で十年。」につながっていきます。
さまざまな意味で、とても、とても、思い出深い第1回です。

※原稿の内容・写真は2006年当時のものです。


ロマンティコ2


2005.12.5 OPEN
「この店を作るまでに、家賃と食費にものすごく費やしました。」


 「カウンター10席のイタリアン」と聞いて、勝手にオステリア系を想像していたら、意外やリストランテの面持ち。大人としてきちんとね、という空気感。
 そんなふうにお客が自然と背筋を伸ばす雰囲気は、悔しいが中山シェフの緻密な計算通りなのである。
 肘掛けのある椅子は、お客が自分のエリアを確保でき、座りやすいがダラッとしにくいデザイン。シェフの言葉遣いや振る舞いから醸し出されるほどよい距離感。大人であるほど、居心地は至極いい。

 中山健太郎シェフ、38歳。
 20代で独立を意識し始めてからシェフとして2軒の立ち上げに参加し、シミュレーションを重ねてきた。
 「ロマンティコ」はその集大成だ。
 昨年9月に前店「hAru」を辞してから、同年12月のオープンまでわずか2ヶ月半。この間に物件探しからデザイン発注、工事、国民生活金融公庫※1への申請まですべて(1日も予定が延びず!)終了したというのだから神業である。

 いや、遡ること10年前から、すでに水面下での準備は着々と進んでいたともいえる。
 中山シェフの店づくりは、なんと引っ越しから始まっていたのだ。

 「店を出したい場所には、まず引っ越します。住人になって夜中に飲みに行ったりするうちに、土地柄や客層がわかってくる。この辺りも歩いていない路地はないくらい。不動産屋で“何丁目何番地”と聞いただけで周辺環境が思い浮かび、実際に物件を見る回数は少なくて済みました」

 おまけに、かなりの食べ歩き好き。イタリアンのみならず、フレンチ、すし、蕎麦、中国料理にお菓子まで、「市場調査」と言っては店に足を運ぶ。
 「この店を作るまでに、家賃、食費にすごいお金かかってるんですよ(笑)」

 その甲斐あって1ヶ月弱で物件が決定。白金台・プラチナ通りから一本入った路地にあり、ひとりで切り盛りするにはちょうどいい広さだ。
 「いいなと思ったのは、まず天井が高いこと。カウンターの場合、お客さんと目線を合わせるため客席フロアを一段上げるので、その分天井との距離が必要ですから。それに排水、排気。とくに排気は重要で、空気の流れが悪いとドアから隙間風が吹き込みお客さんに当たってしまう」

 店にとって必要なものと、削れるものの区別も明確だ。
 たとえば経費削減のためにと鍋や食器の「質」を落とすのでなく、ばっさりと「数」を減らす。
 逆に必要なものとしては、1日何十回も鍋を掛けるフック。安定するよう直線的な形を特注し、固定させた。細かなパーツにも美意識が貫かれ、積み重なって店全体の印象となる。

 「ただし店舗デザインに関しては別。自分の意見だけで作ると、能率だけのつまらない店になってしまうから。空間を斜めに走るカウンターも、最初は不思議だったけど、実際に完成すると納得できる。やはりプロに任せることも大切です」

 「ロマンティコ」はアラカルト主体。メニューリストの冒頭には「どうぞシェアしてお召し上がりください」と書かれ、前菜・プリモ・セコンドをすべて最初に決めなくても構わないという。
 さらに「もっと薄味に」とか「塩を強く」というリクエストもウェルカムだとか。でもお客としてはそんなことホントに言っていいの? とモジモジしてしまいそうだけど。
 「そう、日本人はなかなか表現できませんよね。だから僕はそういうニュアンスも、お客さんの近くでできるかぎり感じて、汲み取りたい。そのために一人でやっています」

 カウンターに座って、まずは前菜をつまみつつスプマンテでも飲みながら、次はパスタに行くか、セコンドに突撃か。気ままに組み立てていく愉しみを知ってしまったら、もう立派な大人だ。

※1 現・日本政策金融公庫

ロマンティコ
東京都港区白金台5−14−8 2F ☎03-3446-2484


サポートありがとうございます!取材、執筆のために使わせていただきます。