見出し画像

SALUMERIA 69/成城学園前

今やさまざまなイベントで、DJがレコードを回すように生ハムを切っている新町賀信さん。そのフリーな生ハム職人の拠点は成城学園前にあります。選りすぐった生ハムやサラミを切り売りし、同じテーブルに載せる食材やワインも揃えた店「SALUMERIA 69(サルメリア ロッキュー)」。そもそもは練馬区で2005年に開店、2011年2月に成城学園前へ移転しました。
『料理通信』の連載「新米オーナーズストーリー」では、再オープン直後の「SALUMERIA 69」を2011年6月号で取材。『dancyu』の「東京で十年。」2015年2月号では、練馬区からの10年間を書いています。

画像1

2011.2.19 OPEN
「負けない商売をしようと思いました」 

 店頭に生ハムの模型がなければ、ミッドセンチュリーの家具屋かと思うかも知れない。木製ショーケースにファイヤーキングのマグカップ、壁にはアメリカ仕様の電波時計、ブリキの看板にイームズのヴィンテージチェア。

 しかし「69(ロッキュー)」は、サルメリアなのである。
 生ハムやサラミを切り売りするサルメリアはイタリア語だが、店主の新町賀信さん曰く「ニューヨークにあるサルメリア。僕はイタリア料理界で勉強したことはありません」。

 たしかに、そのぶっ飛んだ切り方はイタリアの概念にはない。
 たとえば紙よりも薄くエアリーにスライスする、人呼んで“しゅわしゅわ切り”。まるで空気を噛むように儚く、香りながら溶けていく。
「サラミの場合、しゅわしゅわ切りだと香りや甘味を、厚切りでは塩気や、わかりやすい旨味を強く感じます」

 彼はつまり、「どう切るか」で生ハムの味を決めるプロ。加工肉の種類、個体差、部位差、さらには酸化=劣化を踏まえ「何時間後に食べるのか」によって切り方や厚みを調整するのである。

 新町さんのスタートは、早くから輸入食材を扱ってきた代官山の老舗食材店だ。
 1993年の立ち上げから参加。旅先のニューヨークでデリに刺激され、日本に生ハムが輸入開始されればいち早くスライサーを導入し、使い方を自分たちで模索していった。
 10年後、創立メンバーがそれぞれ独立する中で、新町さんは「自分はどうするのか?」と考えた。

「店を持つのは簡単でも、続けるのは難しい。みんなと同じことをしては続けられないから、真似のできないことを、“負けない商売”をしようと思いました」

 それが当時も今も日本にはほとんどない、サルメリアである。あくまでも柱は生ハムであり、そのおいしい食べ方を追求する店。ワインやジャムなどの食材も置くが、あくまでも生ハムを食べるためのセレクト。
 手を広げすぎず、イートインも作らないのは、「分散するとどれも中途半端になるから」だという。

 じつは新町さんは2005年、練馬区春日町に10坪の店を先に開店している。当初からお客はついてくれたが、区外からのお客が増えてきたため11年に成城学園前へ移転。
 こちらは超のつく高級住宅街、とはいえ彼にとっては「戸建てで、3世代が住む地域」であることがポイントだった。
「家があって庭があるなら、人を呼びたいでしょ? ワインもあるし、奥さんがパスタ作るし、そこに足りないのは生ハムだと。外食より、テイクアウトの需要こそ多い地域」

 案の定といおうか、取材中も小さな姉妹を連れた若奥さんが、今夜の生ハムを買いに来ていた。母より先に、「しゅわしゅわ」と可愛い注文の声が飛ぶ。
「商売のコツは、子どもの心と舌をつかむこと(笑)」と冗談を言いながら、新町さんは「今日はこの生ハムが脂がのってて食べ頃」とか「こっちのは塩がおだやかだけど、赤身のパンチ力がある」などとエンジンをかけていく。

「単に言われたものを切るのでなく、お客さんと話しながら売りたいんです。昔の肉屋や魚屋みたいな在り方。初めてのお客さんなら、まずはお好みを聞きたい。甘いほうがお好みか、脂がのっているものか、塩は強めか」 

 そんなわけで、ネットショッピングもしていない。もしもインターネットで注文を受けたら、一人ひとりに折り返し電話をして説明しかねない。
 彼が伝えたいのは産地や生産者や熟成期間のスペックでなく、対面でなければ拓かれない生ハムの世界である。

「軸をぶれずに強く持つからこそ、お客さんの信頼を失わない」
 品質管理もまた然り。酸化を防ぐ真空保存や、さらには毎朝、肉の切り口を100g以上も削り「いい部分だけ」を売ること。切り落としは料理用に安くし、同じ銘柄でもいつもより質が落ちるロットは、いつもと仕入額が同じでも値下げする。

 その良心が信用になる。
 ニューヨークの顔をした成城のサルメリアは、昭和の下町の肉屋であった。

画像2


SALUMERIA 69
東京都調布市入間町3-9-11 サミール成城 ☎03-6411-9496

『料理通信』2011年6月号〈新米オーナーズストーリー〉vol.55
※写真は雑誌掲載のものではありません


サポートありがとうございます!取材、執筆のために使わせていただきます。