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元弼墓誌について

考古資料から興味を持ったもの

私が、数多くある考古資料の中で興味を持ったものは、大和二十三年(499年)に刻まれた「元弼墓誌」である。

「元弼墓誌」は、河南省洛陽市から出土された、北魏皇室の人物の墓誌であり、孝文帝の具体的な漢化政策についての物的証拠となる重要な考古資料である。

私が「元弼墓誌」に興味を持った理由は、北魏にて積極的な漢化政策を実施し、洛陽遷都を半ば強行した孝文帝の政治的姿勢に強く惹かれたためだ。

孝文帝がどのような漢化政策、洛陽遷都を推進したかについて触れながら、その具体的な政策についての重要な考古資料である「元弼墓誌」の特徴、そこから読み取れること、それが持つ意義について見ていきたいと思う。


北魏の孝文帝について

「元弼墓誌」の特徴としては、主に2つ挙げられる。これらの特徴を挙げる前に、まずは孝文帝の生涯について見ていく必要があるだろう。

北魏の孝文帝は、467年に生まれ、469年にわずか3歳の若さで皇太子になる。

その後、471年に馮太后の脅迫を受けて献文帝から皇帝の座を譲られ、弱冠5歳で皇帝に即位している。

孝文帝が大人になるまでの間、献文帝、馮太后による執政が行われていたが、490年9月、馮太后の死去に伴い、491年から孝文帝の親政が始まった。彼は、499年、33歳での崩御まで数々の政策を推し進めた。


「元弼墓誌」の特徴

ここで初めて、まず1つ目の特徴を挙げたい。

それは、墓誌が刻まれた年号である。

「元弼墓誌」は、大和二十三年(499年)に刻まれたものであるが、499年とは孝文帝が崩御した年である。

つまり、孝文帝の漢化政策の特徴が、「元弼墓誌」に如実に現れていると言っても過言では無いだろう。

当時の最新であり、またそれが孝文帝の政策を端的に示す重要な考古資料であることは間違いないはずだ。

次に、その大きな特徴として、2つ目を挙げたい。

それは、「元弼墓誌」に刻まれた文字である。

「元弼墓誌」の一行目には、姓が「元」と書かれており、また二行目には、本籍が「河南洛陽人」と書かれている。

これが意味しているのは、孝文帝が実施した漢化政策のうちでも、主に洛陽遷都後の諸改革についてである。

まず、一行目に姓が「元」と書かれているのは、孝文帝が495〜496年に実施した「中国姓への改姓」の影響である。

孝文帝は、胡族の姓を中国風の一字姓に改める詔を下し、漢化を推し進め、また孝文帝自身も「拓跋」から「元」に改姓した。

次に、二行目に本籍が「河南洛陽人」と書かれているのは、孝文帝が495年6月に命じた「墓所の移転」の影響である。

孝文帝は、「遷洛の民」に対し、北方の本籍地への帰葬を禁じ、すべて洛陽北郊の邙山を墓所とするように命じた。

また、「遷洛の民」の本籍を「河南洛陽」とするように命じたため、「元弼墓誌」にもこの表記が見られる。「遷洛の民」とは、洛陽に移住してきた胡族のことである。

上記のように、「元弼墓誌」には、孝文帝の諸改革が刻み込まれている。

ここまで「元弼墓誌」の特徴を挙げ、そこから読み取れることについて述べてきた。

孝文帝が洛陽遷都した胡族の人々の名前、本籍地を漢化に改めることで、彼らの意識の根底から変革しようと企図していたことを、「元弼墓誌」から明らかに読み取ることができるのだ。

「元弼墓誌」が持つ意義とは

最後に、「元弼墓誌」が持つ意義について述べて締め括りたい。

孝文帝は、「中国姓への改姓」と同時に、胡族と漢族それぞれの家柄を国家が序列化する「姓族分定」の詔を下した。

また、その序列に従って、胡族と漢族間の通婚を奨励した。

このことは、胡族にとって重要な意義を持つ。

それは、孝文帝が、実質的な胡族と漢族の政治的・社会的均衡を目指したという事実である。

つまり、孝文帝は、漢文化の優位性を認めた上で、数々の感化政策を実行し、北方に偏在する平城から中華の中心である洛陽に遷都したのだ。

そうすることで、孝文帝は胡族を隆盛に導こうと、優れた漢族に近付こうと尽力したのである。


最後に孝文帝のその後

積極的な漢化政策と洛陽遷都を推し進めた孝文帝は、499年に崩御する。

さまざまな漢化政策によって、北魏、胡族の情勢は急激に変化したものの、他方で孝文帝の諸改革に対する不満も胡族たちの間に溜まり続け、その後、六鎮の乱と北魏の分裂を招くことになる。

〔参考文献〕
・「孝文帝」『世界史の窓(Y-History 教材工房)』(https://www.y-history.net/appendix/wh0301-039.html)。
2020年8月1日17時(日本時間)現在での最新版を取得。
・「孝文帝」『フリー百科事典 ウィキペディア日本語版』(http://ja.wikipedia.org/)。2020年8月1日17時(日本時間)現在での最新版を取得。

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