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Black Treasure Box 8

幸いだったのは、最後まで車も少なかったことだった。
私たちをはっきりと見咎めたのは、私がイカされる間際、犬を連れて家から出てきた初老の男性ひとり。
「あ、あんたら……」
呆れているのか呆然としているのか立ち尽くしている彼の横、ペットの飼い犬の方が私たちに興味津々の様子でリードを引っ張っていた。

「す、すいません! これはですね、あの」
言い訳にもならない言い訳を口走りながら、樹奈はすっかりへたりこんでしまった私を引っ張って車へ逃げ込もうとした。
しかし、そんな彼女にしても、私よりはいくらかマシというくらいの体たらくで、足腰も覚束ない様子だった。
どうにかこうにか車内にふたり転がりこみ、ため息をつきながら首を振る男性に形ばかりの会釈をして走り出した。

私が今日身につけて出た唯一の衣類だったスタジアムジャンパーを置き去りにしてきてしまったのに気付いたのは、角をいくつか曲がった頃だった。

まだ余韻の残る身体での運転は樹奈にも無理なようだった。
2度ほどもヒヤリとする場面を経て、目についたコンビニの駐車場へ車を入れた。
買い物をするでもなく、ただ休憩するだけの駐車も迷惑ではあったろうけれど、ともかくふたりとも心身の休息が必要だった。
スマホを手放そうとしたことに対する罰則はみっつで済んだようで、BTBアプリが新しいメッセージを送って来る様子もないのは、ありがたかった。

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