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人は変われる、この本を手にするような男では僕はなかった。

人は変われる、この本を手にするような男では僕はなかった。

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僕は自分の問題もあり、子育てできないかもしれない。

だから子供のことや子育てなんて自分に関係ないと思うようにしていた。話題を避けていたし、見て見ぬふりや、電車の中で子供が泣いているとうるさいなと残念ながら思っていたこともあった。

でも、甥っ子ができてから、それが変わってきた。僕が叔父さんたちに愛されたように、怒られたように、僕も携わらなくてはいけない…。そんな使命感もあったけど、正直言えば甥っ子がクソかわいいからであるが、それだけがこの本を手にした理由ではない。

著者の篠原信さんのツイートを見て、「背景としての他人が浮かび上がって関係する」ことこそが実は親やその子には必要なことなのではないかと言う話を読んだ時に、自分の役割がおぼろげながら、見えた。赤の他人に声かけるなんて勇気は必要だ、だけど、泣いてる赤ちゃんに微笑んであげることはできる、元気いいですねと言ってあげることは出来るかも知れない。 子育て出来ないかもしれない「他人」の僕がそのように子育てに関わられるのなら素晴らしいと思った。

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本屋さんでも、探した。身長以上の棚に、山ほど、子育て本はある。それだけ引き合いがあるのか、助けを求めている人たちが多いのかと改めて感じることができた。きっと、声に出せないことが多いのだろう…。

これは明らかに書評などではない。この本を僕が手にするまでの話だ。

読んだ感想は人それぞれある。個人的には中国古典にはやはりヒントが多いものだと感心した。

僕は読み得たヒントを甥っ子に試してみようなどとは思わない。でも、甥っ子を観察して、いろんな表情や会話を今まで以上にとても楽しめる気がしてならない。接し方に奥行きが持てるような気がする。そして、僕は甥っ子にとって、逃げ場所として存在したいとも思っている。

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人は変われる。この本を手にするような男では僕はなかった。

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あの頃に君にあって、今の君にないものなんてないさ
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自分で撮った写真を載せています…
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