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目覚めたら消える恋

君や来し我や行きけむおもほえず
夢かうつつか寝てかさめてか

「あなたがいらしたのか
私が訪ねたのか何も覚えていません。
あなたにお逢いしたのは
夢だったのか現実だったのか
寝ている間のことなのか
起きている間のことだったのか」

『伊勢物語』


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「あれ?昨晩何かあった…?」
と、夢見心地で目覚めた朝があった。

仲間内で呑んで騒いで
数軒のお店をハシゴして
みんなでタクシーに乗って辿り着いた、
男友達が一人暮らしをするワンルーム。

ベッドはひとつ、客用布団も無いので
もう一回乾杯した後は
みんなで床に転がった。

やがてみんな寝静まった頃、
一足先に眠りについていた私は起きた。
家主の男友達は眠らずにソファーで煙草を吸っている。
当時私は喫煙者だったので、隣に座って一緒に一服した。

浴びるほど呑んだお酒のおかげで
寝ても覚めても酔っ払っていた。
煙草の煙が身体中を巡り、酩酊に拍車をかけた。

家主と二人で会話をするのは多分それが初めてで
なんだかよく分かんないけど楽しくて
彼が爆笑するたびに見える銀色の舌ピアスが印象的だった。

あぁ、そうか
舌ピアスってあったかいのか。

気づけば0距離にあった彼の綺麗な顔を眺め
舌の上の銀のボールの温度を知った。

そこで誰かのアラームが鳴った。

翌朝目覚めると、部屋は散らかったままで
窓から差し込む朝日は暴力的なまでに明るくて
家主を置いて外に出た私たちは、
ラーメンを食べて帰った。

夢かうつつか、寝てかさめてか
今でも分からない私の思い出話。

表題の短歌は
平安きってのプレイボーイ在原業平(ありわらのなりひら)と
清らかな乙女でなくてはならない伊勢の斎宮(さいぐう)との
禁断の恋の歌だ。

タブーと知りつつ、逢いたい気持ちが止められず
ついに彼の部屋へ忍んで行ってしまった斎宮が
その翌日に業平に送ったのがこの歌。

「こんなに大胆なことを私がするなんて、
自分でも信じられないわ。あれは夢だったのかしら」

自分に対する驚きと、昨晩がまだ信じられない気持ち。
そして心の内に確かにあるときめきが詰まっていて
私はこの歌が大好き。

そしてこの歌への業平の返歌は

「かきくらす心の闇にまどひにき
夢うつつとはこよひ定めよ」

(私にもわかりません。夢か現実かは今夜
もう一度いらして決めてください)

こよひ定めよ…!!!!

めちゃくちゃグッとくるー!!!!!

もう一度会おうとしてくれるところも
こちらに判断を任せてくれるところも
両手を広げて受け入れてくれる度量を感じる。
好き。軽率に大好き業平!!

私は斎宮のように
「ねぇ、昨晩何かあったよね?あれって夢?」とは聞けなかった。
家主からのアクションもそれ以降は無く
私たちは「なかったこと」として処理をした。

夢かうつつか曖昧な
思い出にするにしてはスモーキーな記憶。

あの舌ピアスを思い出す時
ほのかにセブンスターの香りがする。

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あの夜に 起きたりしなければ良かった
あれから私 セブンスターは吸わない

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