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涙もろい秋

なんだか近ごろ、毎朝必ずといっていいほど、泣いている。

以前もその面白さについて書いたNHKの朝ドラ『エール』が、コロナによる撮影中断を経て、ようやく放送が再開されて2か月。

スポットを当てる人物がだいたい週がわりで変わっていくので飽きないし、どのエピソードも間違いなく面白く、感動的で、もう泣かない日はないってくらいだ。

悲しい涙だけでなく、幸せの涙、切ない涙、よかったよかったという安心の涙……わたしってこんなに泣く人だったっけ?と疑うくらい、いろんな感情の涙を毎日毎日流している。

塾で泣きそうになった話

先日も、「わわ、こんなところでまで泣いちゃうか!?」と慌てた一幕があった。

場所は娘の通う塾。
わたしと娘と塾の室長の3人で面談をしているときだった。

入試本番が迫ってきて、塾の授業も「入試対策演習」が中心となるなか、相変わらず理数の芽が出てこない娘。
「こんなに基礎が穴だらけの状態で入試問題なんて無理じゃないか」と感じたわたしは、塾に電話して「しばらく授業への参加回数を減らして自宅学習で基礎強化に努めたい」という相談をしたのだった。

相談の相手は塾の教室長で、娘が4年生の夏に入塾した当初は理系の担任でもあった方だ。当時から理系科目への苦手意識が強く、授業でもテストでも遅れをとっていた娘を個別で補講してくれるなどして、面倒を見ていただいた。
残念ながら現在のクラスの担任ではないものの、比較的小規模な塾のため、こうした内容はこの方に相談すべきだろうと思ったのだが、予想以上に親身な対応をしてくれた。

まず最初の電話の相談の時点で、通話は1時間にも及んだ。
夕方にこちらから電話したことに対する折り返しの連絡を、授業を終えた室長がくれた時点で夜9時を回っており、「実は授業の参加をしばらく減らそうかと……」というこちらの相談に対して、「いや、それはちょっと危険ですよ、お母さん」と熱心な説得を受けたのだった。

なにも退塾すると言っているわけではなく、本人が授業についていけないと言ってるからそのぶんの時間を使って家で自習します、と言っているだけなのだが、先生は「気持ちはわかるがそれは避けたほうがいい」と言い、経験上それを勧めたくない根拠もあるらしい。
「お母さん、すぐ面談しましょう。いつ来られますか」と言うので、早めの日程でいくつか挙げたが、本番が迫った時期の受験塾の室長という立場上、彼のスケジュールは面談に次ぐ面談でかなり立て込んでおり、なかなかお互いの都合が合わない。わたしが「まぁそれなら2、3週間後でもいいので」と言うと、「いや、こういうことはなるべく早い方がいいんです。明後日はどうですか? 娘さんの授業はない日ですが、わたしはいますので」と迫られ、その気迫に押されるように「わ、わかりました。娘と伺います」と答えて電話を切った。時刻は夜10時半近くになっていた。

室長からは「明日にでも〇〇学校の〇〇年度の算数と理科の過去問を解かせて、その解答を面談に持ってきてもらえますか。お母さんは採点だけして、結果がよくなくてもけっして感情的にならないようにしてください」という指示もあった。

きっと、すんごい怒る母親だと思ってるんだろうなぁ……まぁ実際、怒らないぞー、怒ってる時間があったら勉強に充てたほうが有益だぞー、と自分に言い聞かせていても、娘のあまりの危機感のなさや集中力のなさを見るにつけ、やっぱり怒っちゃうんだけど。
でも、こっちだって怒りたくなんてないのだ。塾の先生も、娘も、それをわかってるんだろうか? こっちが怒ってスッキリしてるなんて勘違いされてたら、それこそ泣けてくる。

ともあれ、わたしは言われた通り、指定された学校の問題を翌日娘にやらせ、惨憺たる結果の解答用紙と、途中式が書かれた問題用紙も持って、室長との面談に二人して出かけたのだった。

不意の一言に思わず涙が

当日、偏差値的には標準校にもかかわらず、算数も理科も3分の1程度しか得点できていない娘の解答用紙を前に、室長もさすがに事態の深刻さを感じてくれたようだった。
その場で娘にかいつまんで解説を行ってくれながらも、「こりゃどうしたもんだろうか」と焦っていたに違いない。表面的な態度には出していなかったけれど……

わたしに対しては、「基礎のおさらいとしてもう一度5年生の塾のテキストに戻ること」を指示しつつ、「文系はできるので、当面休むのは文系の授業にしましょう。理系は今休むともっと遅れますから。そして文系の授業を休んだ日は必ずどこかの学校の算数の過去問を解く時間に使ってください。今から基礎を一から順にやり直している時間はありません。入試問題を解いて、できなかったところと、苦手だと感じた分野の基礎まで戻ってつぶす。また別の年の過去問を解いて、できなかったところを基礎に戻ってつぶす、その繰り返しです」と言う。
さらに、自ら受け持っている5年生の理系の授業に参加してみてはどうか、と誘ってくれた。室長が現在担当している6年生の上位クラスでも理系が苦手な子が数人いるため、参加させているという。それを聞いた娘は気が重そうな表情で「でも、そうすると過去問やる時間もなくなるし……」などとモゴモゴ言っているため、わたしはその場では先生の熱意に感動しつつも、「5年生の授業については、家に帰って本人と相談してからお返事します」と頭を下げた。

やってもやっても成績が上がらず、自信をなくし、そのためやる気も起きず、おまけに反抗期で、見るからに大変そうな状態だと感じてくれたのか、室長がそのとき娘に向かって「さぁ、元気出して! ここまでやってくれるお母さん、なかなかいないよ! がんばってやっていこう」と力強く、でもさわやかに声をかけた。もともとその先生を好きな娘は、下を向いたままコクン、とうなずいた。

その瞬間、ぐわん、と涙があふれてきて、慌てた。
や、待て。ここで泣いてはいけない。泣く場面じゃない。喉がつまりそうになりながら、落涙は必死にこらえた。

塾からの帰り道、娘とトボトボと駐車場まで歩きながら、「あー、相当キテるかもな、わたし」とぼんやり思った。

あれから3週間。結局娘は室長の誘いに応じ、5年生の理系の授業に出ている。2年ぶりに受ける室長の授業は「すっごいわかりやすい」んだそうだ。
そーかそーか、よかったよ。そのアツイ室長に、なんとか今のどん底状態から引っ張り上げていただいて、基礎の穴埋めを急ごうじゃないか。いや、そこまですがっちゃだめか。とにかく、なんとか、歯を食いしばって這い上がってゆこうぞ、娘よ。

こんな日々なものだから、毎朝の朝ドラはもはやわたしにとっては泣くセラピー=涙活なのかもしれない。
いつしか、「2020年秋ねー。『エール』観ながら毎朝号泣して、やってもやってもできるようにならない娘の理数勉強に苦しみまくってたなー」なんて、懐かしく思い出す日がくるのだろうか。

そのときはまた、条件反射で泣いちゃったりして。

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