見出し画像

わたしの時間は少しずつ戻ってくる~映画レビュー2本

新刊の入稿も終わった今、久しぶりに映画をたくさん観たり、小説を読みたい気分が盛り上がっている。なのでこれからはnoteでもその感想を書く投稿が増えるかもしれないので、よろしくお願いします。

でも、入稿後というだけじゃなく、いろんなタイミングでもあるのだろう。
子どもが小学校高学年まで成長したこと。
少なくとも今は、がむしゃらに働く時期ではないと感じていること。
面白そうな映画や本がたくさんあること。
それを吸収できる気持ちの余裕があること。

学生時代は映画ライターを夢見たこともあるほど映画が好きだったのに、子どもが生まれてからは映画館へ行く機会がめっきり減った。同じ感覚として、小説もちゃんと読めなくなった。自分の大好きだったものを、子育てと引き換えに過去に置いてきたように思えて、ちょっと寂しかった。でも、そうではなかったことを、最近感じている。映画も小説も好きな自分が、いま戻ってきつつある。

子どもがいる生活はまだたった11年ちょっとだけれど、これまでを振り返って思うのは、わたしの場合、子どもがいちばんわたしを必要としてくれている時期に、わたしだけの時間(物語の世界へと深く潜っていくような)を持つことはむずかしかった。でもそのぶん、目の前の存在が十分すぎるほど面白い体験をたくさんさせてくれた。

その面白くて手のかかる存在が成長し、徐々に親の手を必要としなくなってくると、わたしだけの時間も少しずつ戻ってくる。
人生は、そのときどきで、いちばん集中すべきことに集中できるようになっていて、退屈しないようにもなっているのかもしれない。

というわけで、前置きがだいぶ長くなってしまったけれど、最近観ておもしろかった2本の作品、『9人の翻訳家』と『家族を想うとき』について。

ミステリーの面白さと本づくりにまつわる人間ドラマが凝縮した『9人の翻訳家』

以前「ラジオの時間」という投稿で書いたお気に入りの番組「ALL GOOD FRIDAY」で、Lilicoさんと稲葉くんが絶賛しているのを聴いて、観に行ったら実際に大当たりだった。

映画も本もリリースされるタイトル数が膨大な昨今、誰かがおすすめしてくれたおかげで、その存在に気づけたり、それがときに大きな感動体験にまでつながることってやっぱり多い。この映画もまさにそうで、わたしも微力ながら、面白いものはどんどんすすめる記事を書いて発信していこう!と思った次第。

さて、こちらの映画は完全ネタバレ厳禁のミステリーなので、先週の投稿のように、どこかワンシーンだけ抜粋、みたいなことができないのだけれど、学生時代にアガサ・クリスティーにハマった自分を思い出した。
この密室のなかに犯人がいる! でも誰が? どうやって? 何だかみんな怪しい? みたいなスリリングな感覚。おまけにベストセラー出版の舞台裏、という設定に個人的にかなり引き込まれた。

文学が好きで、文章を書く夢を持ち、でもベストセラー作家になれる人間は一握り。翻訳者はその世界で必要不可欠ながらスポットライトの当たりにくい場所にいるロマンティストや夢追い人で、9つの言語の翻訳者として集まった9人それぞれの胸にもあきらめや野望や復讐心が潜んでいて……と、謎解きだけに終わらない人間ドラマの描き方が秀逸だった。副題が(書体も含めて)恐怖感を煽るけれど、ホラー作品ではなく、もっと知的なミステリー映画なので、オバケやバイオレンス系は無理、という人にもぜひおすすめです。

名匠ケン・ローチが現代社会の歪みをあぶりだす『家族を想うとき』

もう1本『家族を想うとき』は、イギリス映画界の名匠ケン・ローチ監督の最新作。

前作でカンヌのパルムドールも受賞した『わたしは、ダニエル・ブレイク』を観たときは、エンディングが辛すぎて、底のない絶望感に心も顔も(泣きすぎて)ボロボロ、終了後は腰が抜けたみたいに客席から立てなかった記憶がある。それでも、その後冷静になって考えてみると、この作品は観てよかった、いや観なくてはならなかった、という気持ちにさせるのが、すごい。ここに監督の力量が現れるものなのかもしれないな、なんて思ったり。

その『ダニエル・ブレイク』で一度引退宣言したのを撤回し、再びメガホンを取ったというのが今作。ケン・ローチ監督、御年83歳だそう。山田洋次監督は今年89歳だというし(『男はつらいよ お帰り 寅さん』も最高だった!)、表現したいという情熱があれば何歳だって撮り続けられるのだ。いやむしろ何歳になろうとその情熱が枯れないことこそが素晴らしい。

さておき、今回も社会の隅で懸命に、真面目に働いて生きている労働者家族の物語。夫婦の願いはただ「家を持ってしあわせになりたい」、ただそれだけ。なのに、その願いを叶えようと頑張るほど、一番大切な存在である「家族」が壊れていく。

フィクションとドキュメンタリーの境界などないのだ、と訴えかけてくるようなリアリティのある演出。現実社会が抱える歪みや矛盾、それに翻弄される家族の描き方が、もうさすがという感じだけど、とくに子ども役の2人の切なさと痛々しさに胸が締めつけられる思いだった。自分たちのために必死で働いている両親の姿を、頭では理解しつつも、寂しさが募り、でもそれをうまく表現できないもどかしさが言葉ではなく別の空気で伝わってくる。

しあわせってなんだろう。

今度は終演後も腰が抜けることなく劇場を後にしてくることができたけれど、監督から最後に、そのメッセージが書かれたノートを、宿題として手渡された気分。

この映画を「救いがない」なんて言葉で片づけてはいけない。帰り道はどこか清々しく、足元をしっかり見つめて生きていこう、と思えた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?