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フランソア喫茶室:京都のクラシカルなカフェ、昭和の文豪・芸術家が愛した自由の場

京都の四条大橋を河原町方面に向かって歩き、高瀬川を渡って左折するとレトロな看板が見えてくる。

1934年(昭和9年)創業のフランソア喫茶室。

写真を撮影した日は、日中の曇り空が夕方にかけてわずかに晴れ始め、ぼんやり灯った看板の明かりと美しい雲を撮影することができた。

ちなみに別日に訪問した時には青空の中、外観を撮影することができた。



創業者は、労働運動家である立野正一氏(1908-1995)。

立野氏は、もとは明治から大正の間に建てられた京都の伝統的な町家だった建物を、今に残る喫茶室に改築したのであった。

店名は、農民画で知られるバルビゾン派の画家ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet; 1814-1875)に由来している。

創業時の1930年代といえば、昭和恐慌の影響を受けると同時に、日本が植民地拡大路線を取るなど、戦争の足音がひたひたと迫っていた時代であった。

そのような暗雲立ち込める情勢において、自由に語らう場を作るという立野氏の目的のもと作られたのが、フランソア喫茶室である。

また立野氏は、反ファシズム新聞『土曜日』を店内で配布していた。


メニューはいたってシンプル。

コーヒー、お茶、アルコール、ケーキ、トースト・サンドイッチなどが揃っている。

今回はオーダーしなかったがレアチーズケーキが有名とのことである。

フランソア喫茶室の内装・設計を担当したのは、立野氏と友人の高木四郎氏、イタリア人留学生アレッサンドロ・ベンチヴェンニ(京都大学文学部)。

店内を見渡すと、カラフルなステンドグラスにランプ、赤いビロードの椅子、シックな木のテーブルと椅子、壁に掛けられた名画のレプリカや竹久夢二やピカソの絵などが、目に入り、見事な調和を生み出している。


また、バロック様式を取り入れた店内は、豪華客船をイメージしているという。


フランソア喫茶室は、戦況が厳しくなり、コーヒーも提供できなくなった時代もあったが、画家・藤田嗣治、映画監督・吉村公三郎、演出家・宇野重吉、フランス文学者・桑原武夫、矢内原伊作といった文化人たちが通った。

警察にマークされていた立野氏は、治安維持法違反(1925年に制定、1941年に全面的に改定された共産主義活動を抑圧するための法律)によって逮捕・収監されるが、その間、ウエイトレスであり後に立野氏の妻となった立野留志子氏が店を支えた。

2003年には国の登録有形文化財に、喫茶店として日本で初めて登録された。


天井窓。



説明が長くなったが、ちょうど良い席を見つけたので座ってみることにした。

ステンドグラスを通して光が差し込む特等席。


暑い夏の日にオーダーしたレモンティー(700円: 2019年当時)。


また2022年に再訪した時にも偶然同じ席に座ることができた。

よく見るとナプキンのデザインも素敵な上に、紅茶700円にガラスの色が写っており美しい。



戦前の思想弾圧をくぐり抜け、今に創業当時の姿を伝えているフランソア喫茶室。


筆者は、noteには政治や思想のことは書かないほうがいいと思っているが、現在の日本では、政権名に「自由」とついている政党は数多くあるものの、「自由」とは何か、分からなくなってくる政策もある。

ただ私たちは、人を傷つけたりしない限り、基本的に色々なツールを使って自身の考えや気持ちを発信する「自由」は認められている。

お隣の国、中国では、日本で当たり前のように使えるSNSや検索エンジンが制限されていることに驚く。

どちらがマシかという話ではなく、私たちには、当たり前のように享受している「自由」というものがある一方で、知らない間にうっすらと制限されている「自由」もある。

そんな「自由」を命がけで守ろうとした人々によるカフェ・フランソア喫茶室。

店内の豪華でシックな家具や内装を見ていると、どんなに政治的に厳しい状況になっても、守られるべき文化・学問の領域があるべきだと思うのである。



参考:佐藤裕一『フランソア喫茶室―京都に残る豪華客船公室の面影』北斗書房、2010年。(冒頭部

※本noteでは、Web上に掲載されていた本著の冒頭部だけを参照しています。

本著の情報については、北斗書房公式ホームページ参照。



フランソア喫茶室

住所:京都市下京区西木屋町通四条下ル船頭町184

電話:075-351-4042

営業時間:10:00-22:30

※サンドイッチ・トースト類は21:30、ドリンクやケーキは22:15のラストオーダー

定休日:無休

※12月31日、元旦、1月2日は休業。

公式ホームページ:francois1934.com


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