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少女の心を揺さぶるコンテンツは、時代を超えて

「BANANA FISH、アニメ化するってよ。」

吉田秋生先生の『BANANA FISH』がアニメ化されるというニュースがSNSをにぎわせたのが、2017年10月のこと。そして、平成最後の夏、満を持してアニメの放送が始まった。

母の本棚で異彩を放っていた、黄色い本

このニュースを見た私が真っ先に連絡を取ったのは、実家の母だった。

というのも母は、奥行きのある5段ほどの本棚が常にいっぱいになるほど、本を読むのが好きだった。我が家は狭かったため本棚の増設は難しく、母が定期的に泣く泣く本の入れ替えをしていたのを覚えている。そのたびに本棚の中で異彩を放っていたのが『BANANA FISH』だった。目に鮮やかな黄色いカバー。表紙には銃を構えた金髪の男の人。明らかに文庫本ではないその冊子。その本を通して私は、普段目にしている母とは違う人の存在を感じていた。

我が家は、比較的教育方針が緩い。「これは見ちゃダメ」とテレビやマンガの制限もなかったため、その本を何の抵抗もなく手に取れる環境があった。しかしその得体の知れない黄色い冊子は母の知らない一面に触れるトリガーになる気がして、手に取るときになんだかドキドキしたのを覚えている。

ただその当時、おそらく小学生くらいだった私に『BANANA FISH』の重厚なストーリーが分かるわけもなく、数ページ読んですぐに離脱した。

時間がさらに経ったある日、母の本棚にかなり大規模な整理が行われた。その時、母が昔の思い出と離別するかのように悩みに悩んで古本屋へと持って行ったのが『BANANA FISH』だった。

そこから先、ずいぶん長い年月、うちの本棚に『BANANA FISH』が並ぶことはなかった。

アニメ化決定で思い浮かんだ、あの時の母の顔

長い間、本棚からも私の頭からも消え去っていた『BANANA FISH』。連載終了の1994年から23年の時を経てアニメ化が決定したときに、ぱっと浮かんだのが、「手放すのどうしよ~う……」とギリギリまで悩んでいた母の顔だった。

私の母は、普段から娘よりもどこかキャピキャピしているような人だ。とはいえもうそこそこ年もいっているので、文面には落ち着きが宿っている。しかしLINEを送った時の反応はというと、「もう、アッシュがかっこいいの~!!」と、少女漫画を読んで胸キュンしている少女のリアクションのそれだった。

また私が参加したアニメの展示会で大々的に展開されていた『BANANA FISH』の風景を写真で送ると母は、限定復刻盤コミックスを即座に注文していた。母の本棚に再び、異彩を放つ黄色い本が並んだのだ。

痺れるものは痺れる。たとえ時代やターゲットが異なっていても

『BANANA FISH』が母の本棚に戻ってきた。私も、子どもの頃は全く世界観をつかめなかった『BANANA FISH』がなぜ傑作と呼ばれるのか、その理由を知ることができた気がする。

ただ遺伝子というものは読んだ感想にも深く反映するようだ。

「もう、アッシュがかっこいいの~!!」

悔しい……。母のクローンかと思うほどに私も、アッシュの魅力とアッシュと英二の関係性におぼれていった。平和な日本ではない舞台だからこそできるガンアクション。先が気になって仕方がないストーリー展開。全巻読み終えるまで時間はかからなかった。

そして読み終わって、衝撃を受けた。この作品の掲載が始まったのは、1985年。私が生まれる前の話だったのだ。教科書でしか見てこなかったベトナム戦争から始まる物語だったため、描かれているアメリカの風景やファッション、セリフの言い回しなんかには時代の違いを感じなくもなかったが、だからといって違和感を覚えることもなかった。

またまたさらに驚きだったのは、この作品が「別冊少女コミック(現:ベツコミ)」という少女漫画誌に掲載されていたという事実。人の生き死に、壮絶なバックグラウンド、そして作品タイトルの『BANANA FISH』の正体。こんなにもハードな物語を、世の乙女たちは毎月ハラハラドキドキして読んでいたのかと思うと、時代の移り変わりを感じたと同時に、その時代を生きたかったと願わずにはいられなかった。

私が声優になる前この作品に触れ、いわゆる「少女漫画」というジャンルへの概念を根底から変えてくれた、私にとってフェイバリットな作品です。

このコメントは、ユーシス役で出演される福山潤さんがアニメ化に際し公式サイトに寄せたものだ。私も『BANANA FISH』を読んで、「少女漫画とは何だろうか」と考えさせられた。

『BANANA FISH』が掲載されていた「別冊少女コミック」は、雑誌名と当時の連載作品から見ても、中高校生以上の「少女」をターゲットにしていたはずだ。にもかかわらず、年齢・性別問わず出演声優やアニメスタッフにもファンがいる。この事実が、この作品の「時代をこえた影響力」の大きさを物語っているように感じるのだ。

現代風アレンジとアッシュが動いている奇跡

今回のアニメ化で監督の内海紘子さんは、『BANANA FISH』を現代版として視聴者に届けてくれた。実際に連載当時は存在しなかったスマートフォンを手にしたアッシュたちが映像の中にいた。

こうなると起こるのが、原作ファンとの不和だ。SNSでエゴサをするとやはり、「あえて現代版にする意味が分からない」「アッシュの賢さが薄れてしまう」という声を見かけた。確かにアッシュの頭の良さは、連載時のITが発達していない背景があったからこそ際立っていたとは思う。

しかし私は、この現代版BANANA FISHに間違いなく一瞬で惹きこまれた。原作を読み込みが足りていないから、かもしれない。しかし時代背景が「今」にあえて設定されたからこそ、「今」の感覚ですんなりと物語に没入できたのだと思っている。なにより、「アッシュが動いている」という奇跡を目の当たりにして、ときめかずにはいられなかった。

BANANA FISHは昭和と平成の終わりを生きる若者を虜にする

ギリギリ昭和に生まれた私に『BANANA FISH』が掲載されていた昭和の記憶はほぼない。昭和生まれだが、平成を生きてきたという自負がある。しかし、昭和の終わりに多くの若者を虜にした作品が平成の終わりにまた新たな多くの若者を虜にしていることが、とてもとてもうれしいのだ。

長々とつづってしまったが、とにかく『BANANA FISH』は原作もアニメもこれから先の時代においても、いろんな人を虜にしていく作品だと思う。なおアニメに関しては公式サイトに原作者のこれ以上ないお墨付きがあるので、そのコメントもぜひご覧いただきたい。


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福岡在住のフリーライター。 企業の採用コンテンツやブライダル、アニメなどのメディアで執筆。 愛猫“雛”をおなかに乗せソファに寝っ転がってアニメを見たりマンガを読んだりする時間が至福のひととき。仕事よりもこちらに時間を割きすぎる傾向があるが、やるべきことはやる。

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