見出し画像

世界なんも起きない記

トルコ・イスタンブール
「屋上のビニールハウスベッド(1)」


旅の楽しみのひとつが、その日の宿泊場所である。
多数のバックパッカーがそうであるように、私も温かいシャワーと雨風しのげる寝床があれば充分に過ごせるほうなので、宿はたいてい最低ランクの価格帯から選ぶことにしている。
ひとえに最低ランクといえど、単純に底値の宿に泊まればいいというものでもない。
観光地付近だが治安の悪い宿、少し歩くが清潔な宿、ボロいがキッチン付きで自炊のできる宿など様々で、似た価格帯の宿であってもそれぞれに個性がある。
ある程度の泣き所がある宿を均してみると、その街の相場が見えてくるのだ。
もちろんお宿は快適であるに越したことはないので、その土地の相場をつかんだあとは各々許容範囲の価格帯からささやかなこだわり条件を加味して宿泊先を決めてゆく。
これが意外と楽しい。旅の醍醐味のひとつだと私は思う。

バックパッカーの宿探しの方法は、おおよそ3通りある。
ブッキングサイトを予約するか、人に紹介してもらうか、安宿がありそうなエリアをそれとなく見定め現地で部屋を確保するかだ。
現地確保というと難易度が高そうに思えるが、私の知る限りこれが最もメジャーな方法ではないだろうか。
慣れればすぐ見つかるし、現場で直接部屋を見ることができるので雰囲気もつかみやすい。
たまに人に紹介してもらうこともあるが、気に入らなかった場合も断りづらいので私は積極的にはこの方法はとらない。
安心なのは事前にブッキングサイトで宿を確保しておくことだが、これには大きな問題がある。
確保した宿の場所を把握するのに、大変に骨が折れるのだ。
私が旅をしていた当時はマップアプリもまだ未成熟で、オフラインでの現在地把握にあまり期待ができなかった。
そのため、目的地の正確な場所を知る手段は住所のメモか紙の地図、もしくは聞き込みしかない。
有名ホテルであればタクシーを拾えばなんの問題もないが、安宿や民泊ではそうもいかない。
安宿というのはある一角のエリアにこれでもかというほどぎゅうぎゅうに密集していることが多く、運転手だって宿の名前なんていちいち覚えていられないのだ。
そしてなんと海外では住所を重要視していない国が多く、挙げ句の果てには同じ名前の通りがいくつもあるためほぼ同じ住所の人間がわんさかいることもある。
郵便物はどうしているのか甚だ疑問だ。
そうなると目的地に続く唯一の命綱である住所のメモは期待通りの効果を発揮せず、絶対違うだろという更地に降ろされそうになり、何度運転手にここだこの住所だ見てくれと伝えても「見てる見てるたぶんここだ」などと返され、「この宿の看板の前に着くまで金は払わん!」と嫌な日本人をやらなければならなくなるのだ。
もっとつらいのは、現在地すらわからないときだ。
私の旅の交通手段はほとんど長距離バスなのだが、たまに降車地が何かのジョークかとおもうほどの「そこらへん」だったりする。
てっきりバスステーションで降りるものと地図を用意していたのに、ただの道端だったり、ひどい時は荒野だったこともある。
まあ、東京大阪間の長距離バスでもただの道端が終着で駅まで10分くらい歩く便もあるし、世界中そんなもんか。
しかしあれも、電波無しパッカーにはつらいものがあるだろうと思う。
なんせそんなときは、いつもココドコを把握することから始まるのだ。
何をどう減らしても私のバックパックは不思議と26kgを超えてくるので、外をウロウロするだけでもじゃんじゃんHPが減っていく。
しかも、道を聞くためには英語が通じない相手を前に身振り手振りでの応戦が必要で、ようやく「あっちだ」の言葉を聞き出したかと思うとそれすら普通に嘘なことがある。
一説によると、世界には知らないと答えるくらいなら適当に答えるを良しとする文化が蔓延っているらしいが、相手を想うなら正直に知らないと答えて欲しい。
長距離移動後のくたくたの体では、刻一刻と子泣き爺のごとく重くなるバックパックに耐えられない。
つまり安宿エリアを探すことはピンポイントなただひとつの宿を探すよりもはるかに容易く、素早くベッドを手に入れたのちにぬくぬくと情報収拾をするに越したことはないのだ。


ここまで熱く予約のデメリットを説いてなお、私はほとんどの宿をブッキングサイトで確保していた。
そもそも旅の貴重な時間をPCに取られることすら嫌なのに。
そこに圧倒的なメリットがあるわけじゃない。
なんなら、予約した宿を汗だくで探しつづけている時、快適にアイスを食べながら観光をしている同じバスで到着したのに現地ブックで宿をさくっと決めた旅人に出くわしまくるので、結局わざわざ予約をするのが馬鹿馬鹿しくなってくるのだ。
それでもなお、私を予約に突き動かす原動力は何なのか。
それこそが、冒頭で挙げた「ささやかなこだわり条件」なのだ。

この条件、旅暮らしの人間としては「治安」と「オーナーの人柄」を挙げたいところだ。
そんなまともな旅人は事件に巻き込まれることもなく旅をして、楽しい思い出をたくさん作って、人にシェアできるエピソードを抱え、五体満足笑顔で無事日本に帰ることができる。できれば私もそうありたい。
しかし私には、その二つを泣き所にしてでもどうしても優先したい条件があった。
宿がかわいいかどうかだ。
かわいいという言葉は、愛らしさあまって時に間抜けとなるのは皆の知るところだが、無事とかわいいを天秤にかけるなんてのは間抜けあまって愚かだ。
しかし私は、世界の文化や人々の暮らしを通じ、その土地に根付くかわいい雑貨やかわいい部屋、かわいいインテリアを見たい、かわいい建物が見たいかわいいやつ見たいという純粋な欲がそもそもの旅の動機なので、仕様がない。
そのために仕事を辞めてまで旅を始めたのだから、こればっかりは譲れない。
しかしつらい目にも逢いたくないので、私は安宿の中でもできるだけ治安が良さそうなかわいい宿を探すことにしていた。
オーナーの人柄は諦めて、宿泊の間はトラブルが起きぬよう媚びるに尽くす。
これが私の宿選びだ。

そしてその宿は現れた。
トルコ独特の鮮やかなターコイズブルーの外観が、みんなの御用達・ブッキングドットコムの片隅で輝いていたのだ。
ゲストハウスの軒先に設置されたカウンターバーは夜の憩いの場となるであろう出で立ちで、旅先での一夜の友との出会いに期待が膨らむ。
私は中学英語しか話せないので、たいがいの夜はひとりぼっちだけれども。期待は膨らむ。
内観はシンプルだが、イスラム独特のエキゾチックな模様をあしらったタイルがところどころに彩りを添え、jpg越しに異国のオーラをほとばしらせていた。


つづく

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
4
バックパックと中学英語を携えて、世界をうろうろしていた時のことを思い出しながら記すフィクションのエッセイ

こちらでもピックアップされています

世界なんも起きない記
世界なんも起きない記
  • 1本

バックパックと中学英語を携えて、世界をうろうろしていた時のことを思い出しながら記すうろおぼえフィクションエッセイ

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。