『I GOT MERMAN 』1987年12月 ブディスト・ホール

★★★★★ 宮本亜門の演出家デビュー作でもあり、客の拍手でステージを止めてしまうほど素晴らしいものを見せてくれる人(=ショー・ストッパー)を題材にした「ショー・ストッパーシリーズ」の第1弾でもあるこの作品は、私にとっての、「自分がチケットを買って自分が楽しむ」という意味での観劇の原点です。

 私は幼い頃から親のお供で歌手芝居と言われる商業演劇によく通っていました。しかし子供すぎてあまり真剣に観ていなかったり、割とみんな似たり寄ったりの作品ということもあり、通った回数のわりに印象に残っている舞台はほとんどありませんでした。
 そんな私に「観劇」の楽しさを教えてくれた作品が、この「I GOT MERMAN」でした。

 「I GOT MERMAN」については、私が観てからも10年以上経っていますし、第43回文化庁芸術祭賞を受賞したりと、既に評価が定まっていますから、本来は私ごときが何かを語る必要はないでしょう。
 でも、私の観劇歴の中では決して外せない作品でもあります。
 ということで、以下は「感想」というよりは「観劇の思い出」を書いています。

 さて、私が「I GOT MERMAN」と出会ったのは、フジテレビの深夜に放送されていた「冗談画報」という30分番組ででした。

 この番組、推薦人に紹介されたパフォーマーが、スタジオ内のステージでパフォーマンスを披露するという形式を取っていて、毎週毎週ジャンルを問わずにその時々の面白いモノが見れる番組でした。
 私がこの番組で初めて出会ったパフォーマーに、聖飢魔Ⅱや米米クラブ、劇団WAHAHA本舗、ヒロミ率いるB-21スペシャルなど、がありました。
 そして、そのうちの一つが「I GOT MERMAN」でした。(1987年11月25日放送)

 宮本亜門自らが推薦人となり、諏訪マリー、田中利花、中島啓江の3人が「I GOT MERMAN」のさわりを演じたのですが、これがメチャクチャ面白かった!
 しかし、私はこれが舞台の宣伝を兼ねていたとかを全く知らず、「面白いけど何だろう?」で終わってしまいました。

 数日後のある日、新聞夕刊の芸能欄を見ていたら、「I GOT MERMAN再演」の記事を見つけました。
 あの「面白いもの」が舞台ミュージカルであった事をここで知った私は、「あれ」をもう一度見てみたいと思い、その日のうちにぴあでチケットを取りました。日時などはもう判らないのですが、確か希望日は完売で、チケットの余っていた日を何とか押さえた、という記憶があります。私の席は最後列(かその前の列)の補助のパイプ椅子でしたので、相当に好評だったことがうかがえます。

 演出家になるために、ダンサーとしての経験を積み、何作かの舞台で振付を担当し、海外にも留学した亜門が、留学から帰国後に演出デビュー作として企画したのがこの「I GOT MERMAN」だった。
 しかし無名の演出家に出資してくれるスポンサーも付くはずがなく、金は無い。その為亜門自ら私財をなげうって、使用料の安いブディスト・ホールを借り、1987年4月に幕を開けた。
 たった3日間だけの公演で、初日はパラパラとした客入りだったのが、日を追うにつれ満員になっていった。
 この好評につき、早くも年内(1987年12月)には再演され、以降92年5月から3ヶ月間のラスト公演(当時)まで、毎年上演されつづけてきた……

 というのが、色々な書物に書かれてきた「I GOT MERMAN」の歴史をかいつまんだものです。
 私が見た舞台は、この初演の大成功を受けての、初演と同じ築地本願寺というお寺の敷地内にあるブディスト・ホールでの再演(2演)でした。


 ブロードウェイの大女優、エセル・マーマン(1909~1984)の生涯を3人の女性が演じていくスタイルは、それまで私が観てきた舞台とは、何もかもが違いました。

 個性的な3人が、良いバランスで舞台に存在している事。
 3人の誰か1人がマーマン役なのではなく、3人が3人の個性を生かしたマーマン像を、その時々で演じていく事。
 また3人には役名が無く、舞台上では本名で呼び合う事。それが演技なのか地なのかと一瞬疑っちゃうほどすごく自然で、その分、芝居仕立てのミュージカルではなく、どこかのクラブでショーを見ている感覚になる事。
 回転するピアノ二つと男装した2人の女性ピアニスト。そのピアノの位置だけでシーンが変わり、時にはピアノ自体がステージになり、またピアニストも、演奏者でありながら出演者にもなり、舞台に色々な変化を与えていた事。
 観客1人がステージに連れ出され、出演者になってしまう等、客いじりがある事。

 この舞台の良さは、こんな外観的なことだけでは言い表せないです。センスが良くて、小粋で、斬新で、気分はオフ・ブロードウェイと言っても言い過ぎではありませんでした。(しかし実際は日本の寺の中……)
 そして、これが日本の、29歳という若き演出家のデビュー作だというのは、世間的にも衝撃の出来事だったのではないでしょうか。
 普通なら、どんな舞台でもアラが見えるし、それが新人の演出家なら尚更です。しかしそれが、この舞台には(高校生の私が見る限り)ありませんでした。
 こんな舞台の使い方、演出の仕方があったんだと、いろんな意味で衝撃を受けました。

 一時期「舞台が嫌い」だった私は、この舞台のおかげで「舞台の面白さ」に目覚めました。
 それまでしばらく悩んでいたのですが、「それをも楽しめばいい」と気づかせて貰えました。

 良い作品を観れて本当に良かった…
 あれから10年以上経った今でも、そう思います。

DATA
CAST
 諏訪マリー、田中利花、中島啓江
 深沢桂子、種村久美子(ピアノ)
STAFF
 作・演出:宮本亜門
 訳詞・歌唱指導:大場公之
 音楽監督・編曲:深沢桂子
 衣装:宇野善子
 美術:島川とおる

1987,12,?? ??:??~

初出:1999年7月8日を一部改訂


2004年7月24日、CSチャンネルで「冗談画報」の『I GOT MERMAN』の回が放送された。
番組枠が24分ほど、パフォーマンス時間が19分という、当然ながらオリジナルを短縮してのパフォーマンスだった。
内容は順番に、
 ご挨拶の I Got Rhythm 
 頭にリボンの幼少時代(Alexander's Ragtime Band; Play a Sinple Melody)
 クラブの雇われ歌手(Eadie Was a Lady)
 バーゲン~掛け合いの Anything You Can Do
 田中利花のライオン~イン・ハリウッド(Everybody Step)
 結婚(An Old Fashioned Wedding)
 Some People(タイプライターを打つ場面はなし)
ちなみに舞台に上げられた花婿役の男性は番組司会の泉麻人。
(2004年7月26日追記 )

再演等についてはこちら

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