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メカニカ・コンプレックス

「アライクニヒコ。お前を第一級損壊と選択権の永久的はく奪の罪で現行犯逮捕する。お前には黙秘権があり……」

 警察官がクニヒコの権利を義務的に読み上げているが、その言葉は全く耳に入ってこなかった。綺麗に掃除されていた自室は無残に荒らされ、その中心には人型の鉄塊が転がっていた。

 やってないと言おうとしたが、喉はキュッと締まってしまったように動かず、顎は僅かに開くだけだった。後ろ手に回った手首には手錠が掛けられ、跪いていたクニヒコを警官が無理やり立たせる。

 そうしている間にも警官たちがぞろぞろと部屋の中に押入り、すぐさま服を着た金属人(メカニカ)たちに埋め尽くされてしまった。その流れに逆行するように歩かされる中、足裏に感じる冷たさだけが現実感を持っていた。

 訳も分からぬままクニヒコは肩越しに後ろを見た。つい先日まで話していた友人が、人間であるクニヒコを認めてくれたあいつが、あそこで物言わぬ残骸となって倒れている。ショックに足をもつれさせるが、警官の力強い握力はクニヒコが倒れることを認めなかった。

 玄関を抜け、アパートの狭い廊下に出ると、冷たい夜風が頬を薙いだ。集まってきたやじ馬たちは瞳代わりのレンズをこちらにじっと向けながら、ただ何も言わずに直立している。

 そんな中クニヒコは、ある一人のメカニカに目が留まった。トレンチコートを身に纏い、サメのような鋭い頭部をしていた彼は、露出した鋭い牙の間にたばこを挟んでいた。

 彼はたばこをしばらく燻らせてから煙を吐き出し、こちらを見た。その表情を読み取ることは難しいが、クニヒコは他とは違うと直感した。こちらを憐れむような、それでいて真摯な眼差し。

「助けてくれ!」気づけば叫んでいた。「俺は何もやってない!」

 しかし鮫頭のメカニカはやじ馬たちと同じように微動だにせず、じっと正面を見据えていた。その赤く燃える瞳は、怒りに揺れているようだった。

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