水樹奈々『DELIGHTED REVIVER』ざっくり感想。あるいは、「絶望」からほんの僅かに顔を出す「希望」について
水樹奈々の14thアルバム『DELIGHTED REVIVER』が本日リリースされた。アルバムとしては前作『 CANNONBALL RUNNING』からおよそ2年半ぶりである。
そして、2年半という長い歳月の間に、コロナ禍、それにともなうライブツアーの中止、水樹自身の結婚&出産などなど、一オタクとしてもこの社会に生きるひとりの人間としてもほんとうにいろいろなことがあった。
それを踏まえて、『DELIGHTED REVIVER』はアーティスト水樹奈々一貫したテーマである「夢は叶う」に加えて、ウィズコロナ/アフターコロナの社会情勢を色濃く反映した作品となった。
これまでの水樹奈々のアルバムはよくもわるくも、幕の内弁当的というか、総花的というか、「とりあえずいい曲を収録時間いっぱいおさめました」という作品づくりであった。
しかし、『DELIGHTED REVIVER』は(これまでシングルカットされた楽曲含めて)一貫したテーマ性を感じさせて、かなりコンセプチュアルな作品ということができよう。
もう少し詳しく語ると、水樹にとって「歌えない状況=ライブができない情勢」に直面した結果、これまでも歌詞のなかでインタビューのなかでライブMCのなかで折に触れて語ってきた、「歌うこと」=「生きること」というテーゼがさらに強く、さらに説得力をもって提示されていることに気づかされる。失ってから気づく大切さというわけだ。
その上であらためて歌詞を見ると、本作においては「希望」は「挫折」「絶望」「屈折」を通過した後、というかその只中にあってはじめて見出される明け方の曙光のようなものであることがわかる。夜があってこそ朝があるとでも言おうか。
燦々と照らされる太陽のような「希望」ではなく、
うっすらと足元を照らす曙光のような「希望」
――これが『DELIGHTED REVIVER』を貫くモチーフであると感じた。
そして本作の1曲目と15曲目(ラスト)の作品を任されたヨシダタクミ(saji)をそんな「屈折した希望」と極めて相性がいい。
ニヒルで後ろ向きでローテンションで絶望的――しかし、その先にほんのわずかに「希望」が見える。
その立ち位置こそがいまの情勢には合っている。だからアルバムにおいてもっとも大切である開幕と閉幕をヨシダタクミに任せた。そういう判断が水樹奈々本人および運営にあったと書くと少々深読みのしすぎだろうか?
とまあ、とりあえずリリース直後から何度か聴いてみて抱いた感想を雑駁に書いてみた。本テキストはこれから『DELIGHTED REVIVER』を聴き込むうえでの自分用メモのようなもので、今後、印象が変化していくことは必至だ。
ということで、以下に1曲ずつ簡単な感想をメモとしてしるしてみたい。
・M1「MY ENTERTAINMENT」
ヨシダタクミ作詞作曲。サウンドといい歌詞といい冒頭からクライマックス感あふれる勝負曲。しかしそれが決して浮世離れして──もっといえばアニメっぽく響かないのが、僕たちがいまいる世界こそが虚構じみていることの証左だろうか。
水樹奈々といえば、漢字を本来とはまったく異なる当て字で読ませることが有名だが、「明日」にあえてルビ記号(--)を振ってから、それをそのまま「あした」と読ませている。ルビで意味を強化するまでもなく、僕たちにとって「あした」はシリアスなものに、容易に見通せない存在になった。
今日と変わらぬ「あした」が、その先に平坦だが安穏とした明後日が、明明後日が、これまでとおなじように到来する──僕たちはそう無邪気に信じることはできなくなった。なってしまった。
・M2「Red Breeze」
デジタルリリースされたシングル曲であるが、「Red Breeze」はアルバムの一角に、この位置においてはじめて完成する楽曲であると感じた。
なお、上に書いた曙光うんぬんのくだりは、本曲の「真昼の太陽が翳るときに」「境界線から Moon&Sun 重なった 輪郭を染めていたのは光だった」というフレーズからおおいに刺激を受けた。
なお、該当のフレーズは本来、「eclipse」=日食・月食のことを指している。そこから「輪郭を染めていた」のみを抜き出し、「地平線が日の出によって照らされる様」へと解釈をズラしている。いずれにせよ、なんて詩的で、ビジュアル喚起的で、美しいフレーズなんだろうか。
・M3「スパイラル」
アルバム発売に先駆けて解禁されたトラック。ソーシャルゲーム『鋼の錬金術師 MOBILE』主題歌ということで、ハガレン色が強い楽曲になっている。
・M4「Reboot!」
個人的に本作最大の問題作。
英語とカタカナを多様したリズム重視の楽曲だが、その中に「キャンセルカルチャー」というフレーズがでてくる。しかも、「獲物探してるキャンセルカルチャー」という明確にネガティブな文脈で。
最大限に好意的に解釈すると、周りの目を伺って幸せの定義すら自分たちで決められない息苦しい時勢を批判したかったのだろうが、その「息苦しい時勢」を「キャンセルカルチャー」という語彙に象徴させることがどうにも引っかる。
「キャンセルカルチャー」とは過去の発言や行状を引っ張り出して、いまいる地位から排斥するようなSNS上の運動を指す用語である。
僕自身、「過去の過ち」に過剰に反応しがちな時勢には懐疑的ではあるが、「キャンセルカルチャー」はたとえば#MeToo運動などを批判する際にも使用される──なんなら、そういった運動を否定したい人たちによって好んで使われる用語である。
とはいえ、水樹奈々および作詞を担当した藤林聖子にはそういった意図はないと思う。というか、そう信じたい。ならばこそ、「キャンセルカルチャー」はカタカナと英語を多用するリズムのなかで、ノリ重視で使用していい語彙ではない。
そういう意味で、「キャンセルカルチャー」はかなり取り扱い注意、もっといえば、かなり党派性の強い言葉なのである。それを今後ライブなどでずっと「歌われつづける作品」としての楽曲のなかで安直に採用してしまうこと。それこそやや安直なのではないだろうか。
・M5「HOLY TALE」
水樹奈々お得意の宇宙スケールでの愛を歌った楽曲。「Astrogation」の系譜にあるともいえそうだ。
「姿変えたゼウスの一途 黄金の雨 降り注ぐ」というフレーズがあるが、これはギリシャ神話で黄金の雨に姿を変えたゼウスと結ばれたダナエーのエピソードに由来する。「黄金の雨に姿を変えた」って何??????
・M6「ダブルシャッフル」
・M7「Get up! Shout!」
どちらも先行リリースされたアニメ主題歌。
かっこいいぜ。
・M8「ストラトスフィア」
「ストラトスフィア」とは「成層圏」のこと。
情勢の厳しさを自然の厳しさに仮託して歌い上げた壮大なバラード。
歌詞の解釈はまだまだこれからだが、サビの「生きるのは 苦しむためじゃない」というフレーズはシンプルだが大変力強いメッセージである。
・M9「Link or Chains」
こちらもテレビアニメ主題歌(TVアニメ「Levius レビウス」)。
・M10「DNA -Dance 'n' Amuse-」
ラテン調で男女の官能を描いたエロティックな楽曲だが、深読みしようと思えば、「ライブの恍惚」とも解釈できるのがおもしろい。
それにしても、「Link or Chains」といいシンガーソングライターのしほりは作詞家としての登板ばかりだが、ひさしぶりに楽曲提供もしてくれないかな……。あの人がつくる曲が大好きなんよ。
・M11「FIRE SCREAM」
ソーシャルゲーム「戦姫絶唱シンフォギア XD UNLIMITED」主題歌。
水樹奈々の後期キャリア──というか、「なのは」以降を象徴するシンフォギア曲の現状最新曲。
とはいえ、発表当時はすでにコロナ真っ只中ということで、くり返される「show must go on!」など、そここに水樹奈々自身の「叫び(SCREAM)」が顔をだすのがおもしろい。そういう意味で、こちらもアルバムの流れで聴くと印象が変わった。
余談ながら、近年の水樹奈々のアルバムの中で「シンフォギア曲をいかにアルバムの自然な流れの中で位置づける」が課題だったように思う。シンフォギア曲は単体であまりにハイカロリーであるがゆえに、アルバムの中ではやや浮いてしまっているようにも見えた。
しかし、本作はそもそもシンフォギア曲が「FIRE SCREAM」のみということもあるが、わりあい自然に配置できているように思えた。
・M12「Stand by you」
本作屈指のバラード曲。そもそもバラード自体が少ないが。
「親愛なる友よ」をくり返しながら語りかけるように歌う水樹奈々の声が優しく響く。
どう聴いても、絶望の中にいる「友」への語りかけと自分の状況とをシンクロさせてしまう。
水樹奈々の曲はどちらかといえば、背中を思いっきりはたきながら「がんばれよ!」と鼓舞してくる楽曲が多いが、本作は曲名どおり「寄り添う」ことが強調されている。
それが「友」を通じて、「君(you)」に二人称的に──わかりやすくいえば、直接君に向かって語りかけてくるのだからたまらない。
・M13「全力DREAMER」
「Stand by you」で優しく寄り添ったあとにこれだから大笑いしてしまう。爆笑したあとに笑い疲れて、ちょっと泣く。そして前を向く。
この「ほらね」のあとに、勢いよくラスサビに突入する構成が素晴らしすぎる。
あと、「努力」に「当たり前」と当然のようにルビを振ってくるところが、水樹奈々を水樹奈々たらしめているすべてなのだろう。
とはいえ、「努力-当たり前-を重ねることは難しいけど」という形で当たり前を当たり前にすることがいかに難しいかとフォローしてくれている。
そして気づけば、水樹奈々が一貫したテーマとして掲げる「夢(は叶う)」的な楽曲が本作においてはここで初出のことに気づく。
・M14「HOME」
絶対に、100%バラードだと思いこんでました。まさかのミディアムテンポ。
とはいえ、
「幕が上がるたび高ぶる想い 君も同じだと嬉しい ここは、共に夢を紡いでいく場所だから」
「ヒリつく喉と 弾む呼吸が心地良いね 筋肉痛確定の身体も なんだか少し誇らしいんだ」
「ここは、幾つもの奇跡が生まれる場所だから」
などなど、水樹奈々ライブに多く参加している人間であればあるほど泣いてしまう楽曲なので、ミディアムテンポくらいがちょうどいいのかもしれない。軽やかじゃなければ涙腺が爆発する。
そして上にも書いた「歌うこと=生きること」というテーマがライブ会場を「HOME」と歌うことではっきりと示されている。なお、7月16日から開幕する水樹奈々さん3年ぶりのライブツアーのタイトルは「LIVE HOME」である。
……家(HOME)帰りてえ~~~~!!!!!!!!!!!!!!!!!
とはいえ、いじわるな想像をしてみると、これ水樹奈々書斎派・在宅派の人たちはどう感じるのだろうか。俺のHOMEは自室だが?? 僕なら疎外感を抱くかも。ちょっと訊いてみたい。
・M15「Go Live!」
個別記事を書いたので以下を参照のこと。
「HOME」ではなく、夢テーマである「Go Live!」で〆るところがあまりに水樹奈々過ぎて最高です。
以上、みんなたくさん聴きましょう。
そしてライブ会場で、ツイッターで、飲み屋で、お前らがぐっときた曲について、歌詞について、サウンドについて教えてください。
(終わり)
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