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精神的自傷行為を厭わずに(「明日のたりないふたり」を観た)。/2021年6月8日

火曜日。晴れ。
今日は書くこと多いからテンポよく。

前夜、朝方まで友人と長電話していたから、やや寝坊気味。デニッシュ食べてシャワー浴びて慌ただしく出社。BGMとしてアルコ&ピース、乃木坂46弓木奈於の「沈黙の金曜日」を聴く。

弓木さんのフリーダムすぎるトーク、どんどんクセになってきた。僕には100回逆立ちしても思いつかないワードセンス。語彙、文法、知識から解放された人のしゃべりは自由だ。

夕方ごろから仕事サボって南海キャンディーズ山里とオードリー若林の漫才ライブ「明日のたりないふたり」のアーカイブ配信を視聴。

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いやあ、凄いもんを観た。「たりない」なんてもんじゃない、文字通り天才ふたりのぶつかり合いを見せつけられた。

オードリーのファンになったのがつい最近で、「たりないふたり」の過去シリーズは未見のため、今回の解散ライブもスルーの予定だった。

けど、ラジオで元テレ東プロデューサーの佐久間宣行が言及していたり、尊敬する先輩のISHIIさんが褒めていたので重い腰をあげてみた。結果、ほんとうに観てよかった。あやうく、一生後悔するところだった。

人のオススメはあまり聞かないタイプなのだけど、たまにはちゃんと鵜呑みにしてみるもんである。なので、『大豆田とわ子』と『オッドタクシー』も観ることにした。

だから僕のことを少しでも信用している人は頼むから、「明日のたりないふたり」を観てください。13日まで見逃し配信が延長されたそうなので。

「内容に関してSNSで言及するのは避けて」と公式がアナウンスしていたので詳しくは書かない。しかし、鋭利かつ深すぎてもはや精神的自傷行為にすら見えるコンプレックスの自己分析を、それでもエンターテイメントに──「笑い」に昇華させてみせるふたりの漫才には、震えるほどの感動を覚えた。

あるいは笑いにして吹き飛ばすことが、芸人という生き物特有の乗り越え方なのかなとも思った。それは生き様や流儀といってもいい。コンプレックスの浄化──否、コンプレックスを受容する一部始終を目撃した思いだ。その意味で、超一級のドキュメンタリーですらある。くり返す。ほんとうに凄いもんを観た

漫才を観て泣いたのは後にも先にもこれだけになるだろう。素晴らしかった。おふたりともほんとうにおつかれさまでした。

もう完全に仕事どころではないのだけど、なんとか自分を奮い立たせてオンライン会議やもろもろの作業を進める。合間に「オードリーのオールナイトニッポン」を聴く。「明日のたりないふたり」の感想戦。けれど、けっきょくいちばん印象に残ったのは春日の屁の話なのなんなんだ。

深夜12時半ごろに退社。ラジオ「山里亮太の不毛な議論」を聴く。このnoteもエゴサで捕捉されるのだろうか。山里さん、M-1グランプリで衝撃を受けて、小学生のころ赤い眼鏡をかけてました。

帰宅後は、「しくじり先生」オードリー若林が先生の回とスピンオフ「しくじり先生お笑い研究部」を観る。

若林のしくじり、キツかったなあ。

おじさんは40になったら友だちが激減するって話もキツいが、それ以上に、「おじさんだって褒められたい」って話がゲロ吐きそうになるくらいツラい。

そういう光景を周囲でもよく見る。歌舞伎町のコンカフェおじさんたちは、"孤独の解消"と"褒められ"のために、課金しているようなもんだからなあ。大人は──おじさんはマジで褒められないらしいからなあ。

僕もガールズバーにハマったことがあるし、バリバリにその素養があるのでまったく他人事ではない。それがわかっているからこそ、いまは歌舞伎町で飲んでてもあまり女の子産業に接近しないようにしている。

若林先生の回はまだ後半が残っているけど、上に書いたようなおじさんクライシスの解決法が、「結婚」しかないのでは? と、すでに暗示されているのも悲しくなる。僕はずっと独身でいるつもりだけど、こういうのを見ると、心がときおり揺らいだりもする。はあ。

Abemaビデオで配信されてるので、興味ある人はぜひ。

心が乱れて、文章が荒れた気がする。読みづらかったらすみません。

風呂入って4時くらいまでには眠りたい。

(終わり)


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