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小さなブーケに

「あれ、これどうしたの?」

 テーブルの上に乗ったイチゴを見て、タオルで濡れた髪をガシガシと拭きながら、彼が問い掛けた。彼はフルーツが好きだが、私はちょっと苦手なので、自分で買ってくることはない。だから、テーブルの上に盛られたイチゴを見て、驚いたのだと思う。

「いやさ、今日、寿退社した子が、私にイチゴのブーケくれたんだよね」

「ブーケ??」

 彼は怪訝そうな顔で聞く。

「可愛かったんだよ。イチゴの花と、イチゴの実が一緒になったミニブーケで……」

「ふうん?」

 彼は、あまり興味はなさそうだったけど、イチゴには興味があったらしく、一つ摘まんで口に運んだ。

「んっ、ちょっと甘酸っぱい」

「珍しいね。最近のイチゴ、甘いのに」

「そうなんだ?」

 彼は、不思議そうに聞く。「イチゴの味なんてそんなに変わんないでしょ?」

「いや、変わるよー。私が子供の頃は、田舎だったからってせいもあるけど、そのまま食べるには酸っぱいから、スプーンで潰して牛乳で割って砂糖を掛けて食べたし、タップリのイチゴでジャムをつくったりしたもん」

 三十歳を回っていれば、みんな、そんな思い出があるような気がする。あの頃は、イチゴは甘くて酸っぱくて、鮮烈な味をしていたけれど、今は違う。甘いばかりで、なんとも間の抜けたような、どこか焦点の定まらない味がするように感じてしまう。

 昔のイチゴのほうが良いかと言われれば、多分、甘い方が良いから、今のイチゴの方が良いんだろうけど……なんとなく、私には物足りない。

「そうなんだ」

 彼は、もう一つ、口に運んだ。そして、すぐに顔を顰める。酸っぱかったらしい。

「これ、凄い酸っぱいね……観賞用の品種? だったりする?」

「いや、多分、ヘビイチゴとかじゃないから食べられるとおもうけど……レモンほどは酸っぱくないでしょ?」

「香りが甘い分、落差を酷く感じるよ……」

 彼は、溜息を吐きつつ、もう一つイチゴを口に運ぶ。そして、また、顔を顰めた。私が食べないから、代わりに食べてくれているのだけれど、ちょっと不憫なので、

「残りはジャムつくるから……」

 と申し出る。

「なら……」

 あっさりと彼はイチゴから離れて、椅子に座った。テーブルの上には、まだ、たんまりとイチゴがある。この量ならば、ジャムを作るのも苦じゃないだろう。ご飯茶碗に山盛りくらいの量はある。

「ジャムって作るの難しい?」

「いや、簡単だよ……なんちゃってジャムだったら、レンチンでも作れるし。でも、私は、砂糖に一晩漬けとくところからスタートさせるけど。イチゴの水分だけでジャムを作るの。美味しいよ」

「手間掛かるじゃん……」

 なぜ彼がそこで落胆するのかは解らなかったけど、指先で、イチゴを突きながら、「なんで、イチゴのブーケなんだろな。……花言葉とか在るのかな」と小さく言う。

「実なのに?」

「いや、植物ってさ、実は、ここが花ですとかこれが実ですとかって、よくわかんないからさ、もしかしたら、この赤い実が、実は花なのかもしんないし」

 彼は、至極真剣だった。笑ってしまうのをこらえていたけれど、彼が真剣なほど、私は笑いがこみ上げてくる。

「イチゴは、間違いなく実でしょ? だって、イチゴの花、白いお花は、そこの小瓶に飾ってあるよ」

 旅先で買った、レトロなヨーグルトの空き瓶に、白い可憐な花。

 それこそ、イチゴの花だ。

「……じゃあ、花の方には、なにかメッセージないのかな……」

「なんか、悪い意味だったら怖いよ」

 だから、私は調べないでおこうと思ったのに、彼は、スマホを取り出してすぐに検索を始める。

「えーと……あった。『悪魔の誘惑』」

「ええっ?? なにそれっ!!」

 あの後輩は、私の事を一体どんな目で見てたのよ!! と怒りのような気持ちがこみ上げてきたけれど、スマホを見せて貰うと、イチゴじゃなくてヘビイチゴだった。

「違うものだよ、それ。食べられないんだし」

「そうなんだ。いろがちょっと薄いと思ったからヘンだなーとは思ったンだけど」

 はは、と笑いながら、彼は調べる。そして、程なくして、「これ?」と私にスマホを差し出してきた。

「えーと、イチゴの花言葉は……、「幸福な家庭」「先見の明」「尊敬」……なんか、バラバラだね」

「あー、これかな。『センパイは、私の事を見いだして引き立ててくれたので先見の明がありますね』とか」

「うわー、あんまり、考えたくないな……」

 私は、そんな気がして溜まらなくなって、思わず呟く。

「……本当にさ、伝えたい事があるなら、直接言うでしょ? だから、なんとなく、可愛い感じに作って貰っただけだよ」

 そうあって欲しいと思う。特に、退職してしまった子とは、『これっきり』になってしまうことも少なくない。だから、私は、なんというか……うん、彼女のメッセージを勝手に詮索したくないと思った。

「案外、感謝の気持ちって中々言えないからさ……、こっちだったのかも知れないよ」

 彼は「尊敬」を指して、にやっと笑った。

「尊敬……ねぇ」

 普通に暮らしていて、誰から尊敬されるような生活を送っているとは思えない。毎日生き残るのに必死だし、だから、色々と余裕もない。尊敬されているとは、とても、思えなかった。

「君がどう思おうと、僕はこう思ってるけどねぇ」

 彼はイチゴを摘まんで、私の口の中に放り込んだ。

 目が覚めるくらい、イチゴは酸っぱかった。


  --了--

   今週のテーマは、『花言葉』です。
   今日のお題は、『イチゴ』です。
   明日のお題は、『クローバー』です。
   今日も、ご高覧頂きまして、
   本当に有り難うございます<(_ _)>


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