リズ青

2019年7月18日は特別な日になるはずだった

 2019年7月18日は私にとって特別な日になるはずだった。
 ひとつは誕生日。綱渡りで生きてきて、気が付けばもう30代半ばだ。
 ひとつは結婚記念日。今年で結婚2周年になる。仲は至って好調である。
 そしてもうひとつは「コミック百合姫」で連載しているコラムが連載一周年を迎えることだ。去年の私の誕生日と結婚記念日に始まった連載は、好評のまま一年を乗り切った。

 今から10年以上も前。20代になりたての私は腐っていた。
 私が生まれ育ったのは娯楽のない小さな島。家庭の事情で進学が叶わずくすぶる思いを抱えて就職した。数少ない友人達は皆故郷を離れ、諸々の事情で自分を島に縛り付けなければならなかった私は、毎日孤独と嫉妬に心を沈めながら、満たされぬ鬱屈とした気持ちを抱えて生きていた。
 そんな私にも趣味があった。本を読むことと、小説を書くことである。
毎日仕事から帰っては、大量のブラックコーヒーを飲んで、本を貪るように読み、小説を書き散らした。書いた小説は誰にも読ませず、文学賞に出したりするようなこともなく、書き終えた端から消していった。それから2~3時間だけ寝ると、コーヒーで荒れた胃を抱えたまま、また仕事に向かうのだ。

 私はオタクでもあった。
 特に大好きなのは百合作品で、当時は「コミック百合姫」が刊行されて間もなかったということもあり、世間にとって百合の芽はまだまだ芽生えたてといった具合だった。
 田舎に生まれたオタクというのはとても悲しい生き物である。ましてや私の住んでいた場所ではアニメなどワンピースやアンパンマンの再放送くらいしか放送しておらず、今のようなネトフリのような配信サービスやネットでの見逃し配信などもなかった。そんな私が当時どのようにアニメを観ていたかというと、レンタルDVD化待ちである。都会での本放送から半年ほど遅れて、お金を払うことでようやく作品を拝むことができるのだ。

 ある日、私は一種の気の迷いから、ネット上に小説を載せることにした。それも二次創作の百合小説である。
 当時、日本で認知され始めたばかりのyoutubeが勢いを増して、本土で放送されたアニメがさほど時間をおかずして放流されるという状況が多発していた。当然違法なのだけれど、恥ずかしながら私はアニメ鑑賞をそれに頼っていた。
 そして、当時の流行アニメといえば皆さんご存知『涼宮ハルヒの憂鬱』である。当然私も「ハルヒ」に夢中になった。youtubeでアニメが観られるということは、物理的な意味さえも超えて私とアニメの距離をさらに近くしてくれた。重ねて言うけれどもちろんいけないことだ。
 しかも、私は「ハルヒ」から百合を見出してしまった。抑えきれない情熱のまま「ハルヒ」の二次百合小説を書き上げると、私はあるサイトにアップした。そこはユーザーから投稿された二次創作小説が集まる場所であり、当時はまだpixivも存在していなかった。
 鬱屈をぶつけながら小説を書き、消し続けてきた私が初めてネット上に小説を晒した。それも、初めて書いた二次創作だった。気の迷いとかしか言いようがなかった。
 小説を書くのはとても楽しかった。誰かの作ったキャラを自分の解釈で、願望で、あらぬ妄想で彩り、動かし、息を吹き込むのは心地よかった。
 その小説は読者から思いのほか好評となり、新しい楽しみを覚えた私は定期的に投稿を続けた。小説を書いている間、私の気持ちは輝いていた。その喜びに出会えた最も大きな要因は『涼宮ハルヒの憂鬱』というアニメがとても素晴らしい作品だったことに他ならず、本作を手がけた京都アニメーションの力量である。

 翌年、『ニコニコ動画』が本運転を開始。同じ年、『らき☆すた』が放送開始された。『らき☆すた』とニコニコ動画の相性は極めて抜群だったようで、すぐにMAD作品が作られたり、ご多分に漏れず違法に本編がアップされたりした。当時の私はといえばニコニコのノリには正直ついていけず、ついていけないまま今に至っているのだけれど、『らき☆すた』の本編は大好きでよく観ていた。そこで私は百合を見出し、『らき☆すた』の百合小説を書き散らした。当時の私の専門は、「こなかが」ではなく「つかみゆ」であり、他のキャラクター同士も絡ませまくっては百合を書いた。仕事に行き、本を読み、アニメを観て、百合を書く。そんなサイクルを生きているうちに、気が付けば私の生活からは鬱屈とした感情が次第に鳴りを潜めていった。これはひとえに『らき☆すた』というアニメに悩みを吹き飛ばすパワーがあり、そのパワーを吹きこめるのは京都アニメーションの為せる技である。ある日、兄が「なあ、この『らき☆すた』の二次百合エロ小説面白いぞ!」と見せてきたものが私の作品だったこともある。

 2008年末。当時の勤め先の倒産に伴い、私はこれをかえって好機とみて島を出て本土で暮らすことにした。自分はこの小さな島で鬱屈した孤独なオタクとして生き続けるのだろう、と思っていた頃とは全く想像できないバイタリティだった。
 とはいえ、元々コミュ障で寂しがりな私のこと、都会で住み込みをしながらの初めてのひとり暮らしは精神的負荷が大きく、私はすっかりホームシックとなり、いつ帰ろういつ帰ろうと澱んだ気持ちで生きていた。
 そして翌年、『けいおん!』の放送が開始される。緩やかな世界と緩やかなテンションの中で、少女たちがバンド活動に精を出す姿に私は癒やされ、励まされ、すっかり虜になった。しかも今度はDVDや違法な動画ではなく、胸張って本放送だ。
 やはりというかなんというか、私は『けいおん!』に百合を見出し、再び百合小説を書き、投降し始めた。『けいおん!』はオタク達に一大旋風を巻き起こし、私もその波に飲み込まれた。
 気が付けば私はホームシックを乗り越えて、寂しいと思う暇があったら『けいおん!』を楽しむ人間になっていった。この壁を乗り越えた影響は大きく、私は島に泣いて逃げ帰ることなく、もう10年以上も本土で暮らしている。『けいおん!』がそれだけの影響力を持ったアニメになったのは、京都アニメーションの魔法に他ならない。

 百合を書くと、筆が踊った。心が弾んだ。何かと向き合い、私はこれが好きなんだと心から認識できることは、誰でも得たくて得られるものではない幸福である。
 人間の青春をいつまでと例えるだろうか。その人が青春だと思えばいつでも青春だといえば、20代前半だった私の、文学でも映画でも救えなかった灰色の青春に色を着けたのは、間違いなく京都アニメーションである。
 今でも同人即売会などにサークル参加すると、私の本を手にとってくれた方から「二次創作時代からのファンです!」と言われることがたまにある。その度私は喜びに震え、あの頃、想いのままに筆を走らせていて本当に良かったなと思うし、その想いをくれた京都アニメーションには感謝しかない。

 私は百合が好きだ。私はアニメも好きだ。私はアニメから百合を見出すのが好きだ。常にそう自負し、主張しながら、筆を走らせ、訴え続けてきた。そして今の私はどうしているか。「コミック百合姫」でアニメから百合妄想を巡らせるコラムを連載している。たどり着くべくしてたどり着いた道ではあると思うけれど、その背景には京都アニメーションが背中を押してくれた事実がある。

 好きなものから勇気をもらい、生きる活力をもらい、明るい視界をもらうオタク。いや、好きなものから勇気をもらい、生きる活力をもらい、明るい視界をもらう生き物をオタクと呼ぶのかもしれない。鬱病を患っていた私の友人は某アイドルアニメに出会ったことで見違えるほど気力を取り戻した。
 私の結婚相手も百合が大好きで、私達の共通の趣味といえば百合である。百合が二人を引き寄せたと言ってもいい。先述のように結婚記念日が私の誕生日であり、百合姫の連載スタート日だ。不思議な結びつきもあるものだ。全ての源泉は京都アニメーションである……と言ったら過言だろうか。
 京都アニメーションはたくさんの良作を作り続けて、たくさんのオタクの心を喜ばせてきた。何人のオタクの心に笑顔を与えてきたのだろう。昨年も、私は『リズと青い鳥』を劇場で観て、深い感動を覚えた。京都アニメーションはこれからはどんな形で私を励まし、喜ばせてくれるのだろう。

 2019年7月18日は、私にとって特別な日になるはず”だった”。
 だけど、京都アニメーションはこれからもきっと、そしてずっと、オタク達の心に希望を与えてくれる作品を作り続けてくれるに違いない。また私の筆を踊らせてくれるのだろう。私はそう確信している。

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