連載小説「オボステルラ」【幕章】番外編2「ゴナン、髪を切る」(3)
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番外編2 「ゴナン、髪を切る」(3)
「俺はカリスマ床屋になる」
そう言ってやる気に満ちあふれた表情をするゴナン。これは…。
「…リカルド。ゴナンのこの感じ、ちょっとデジャブな気がするんだけど……」
「そうだよ…。ナイフちゃんのお店で、女装キャストのトップを目指そうとしていたときと同じなんだよ…。ゴナンがあまりにも一生懸命で、僕にはとても連れて帰ることができなくて…」
「……」
ゴナンのハサミ使いは随分と玄人じみてきている。もちろん、たった一日でプロレベルになることはないだろうが、相当に集中して練習しているようだ。ナイフははあ、とため息をつくと、床屋の主人の方に声をかけた。
「ちょっと、そちらのカリスマ床屋さん。そろそろゴナンを解放してくれないかしら」
「…おっと、申し訳ない。この子があまりにも飲み込みが早くて、ついつい教えるのに熱中してしまった…!」
主人がようやく我に返る。そして練習に勤しむゴナンの肩をポンポン、と叩いた。
「ゴナンくん、ほら、そろそろ帰らないといけないようだ。とても名残惜しいけど…」
「先生…、でも…」
いつのまにか床屋を「先生」と呼んでいるゴナン。リカルドは少し思案して、ゴナンの両肩に手を置いて目線を合わせ、語りかけた。
「…ゴナン…。もし、今日の経験がきっかけになって、君が本気でカリスマ床屋を目指したいというのなら、僕はそれを否定しないよ。僕の拠点を君の住居にして、ツマルタに住んだっていいんだから」
「……!」
「…ただ、僕は巨大鳥を追う旅を続けるから、この街でお別れということになってしまうけど…」
少し哀しそうな表情を作って、少し大げさにため息をついたリカルドの言葉に、ゴナンは捨てられる子犬のような顔をする。
横でナイフは「ズルイ言い方をするわね…」と呆れ顔だ。そんな風に言われれば、ゴナンは「リカルドと行く」と答えざるをえないに決まっている。しかしゴナンは少し目を伏せ、そして口を開いた。
「…うん…。寂しいけど、でも、仕方がないかな…。俺がちゃんと稼げるようになったら、リカルドに家賃をきちんと払うから…」
「うん…。……えっ? あれっ?」
「…俺、まだまだ先生の足元にも及ばないし、たくさんたくさん修業をして技術を身に付けないといけない。先生が教えてくれた熱意に、俺は報いないと…」
「…えっ? ゴ、ゴナン…! いや、その…」
話が予想外の方向に進み、リカルドは慌てた。横でナイフが、卑怯な手段をとるからこうなるのだと、ほくそ笑んでいる。
「ナイフちゃん、何、笑ってるの? ゴナン、いや、君の目標は否定しないけど、でも、その…」
「リカルド、今までありがとう。俺、頑張る」
「え…」
また泣きそうな表情になったリカルドは、ナイフに助けを求める。
「ナ、ナイフちゃん……。どうしよう…」
「ゴナンのカリスマ床屋としての栄えある将来を、祈ってあげなさい」
「ナイフちゃん…。そんな…」
もう、本当に泣き出してしまいそうだ。ナイフは肩をすくめて息をつくと、ゴナンに目線を合わせた。
「ゴナン。受けた恩を一生懸命に返そうとする姿勢は立派だわ。うちの店でもそうだったわね。でも、今一度、思い出してみて。あなたがこの街に来たのは何のため?」
「…」
「あなたは今、いろんなことを知って体験するべき年齢だけど、いろんなことを同時にはできないものよ。物事には、どうしても優先順位をつけないといけないときがあるの。あなたが一番に優先させたいことは、カリスマ床屋を目指すこと?」
「……!」
ゴナンはようやく、はっと我に返ったような顔になる。
「そうだね…、それは今、2番目だ…」
(えっ? 2番目?)
予想以上にカリスマ床屋の優先順位が高く、心中で少し慌てるナイフ。
「1番目は、鳥と卵を追うこと…」
「そう。だったら、今日はこのくらいにして帰りましょ。ミリアの髪を上手に切ってあげるための訓練なら、十分じゃない」
ナイフの優しい説得にうなずくゴナン。リカルドもホッと安堵のため息をつく。
「先生…。せっかく教えてもらったのにゴメンナサイ。でも、俺、行かなきゃ…」
「何、本気で目指したくなったら、またいつでも来てくれよ。そのハサミは餞別にあげるからよ」
「えっ?」
ゴナンは手にしたままのハサミに目を遣る。髪を切る専用のハサミだ。おそらくツマルタの職人製。きっと普通のハサミよりも値が張る物だろう。
「…そういうわけには…。俺、これ、買い取ります…」
「いや、受け取ってくれよ、な」
戸惑うゴナンに、リカルドがささやく。
「ゴナン。ここで遠慮は不要だよ。せっかくの先生の気持ちだ。これを素直に受け取ることが、先生の思いに応えることにもなるんだから」
「…うん…」
ゴナンは頷くと、「ありがとうございます」と床屋に頭を下げた。床屋は少し目を潤ませ、「元気でな! もうゴナンくんは俺の弟子だよ」と名残を惜しんでいた。
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