連載小説「オボステルラ」 【第五章 巨きなものの声】 1話「“大丈夫”」(2)
1話「“大丈夫”」(2)
ナイフはリカルドの目線に対して、嫌そうな目線を返す。
「……イヤな役回りだわ」
「ゴメン…。でも、ナイフちゃんなら、確実にやってくれるから…」
「……」
ナイフはリカルドに近づき、小声で尋ねる。
「…本当に大丈夫なのよね…? うっかり、あなたにとどめを刺しちゃった、なんてことにはなりたくないんだけど」
「…大丈夫だよ…。……多分ね」
「はあ? 多分…?」
ナイフは苛立たしい表情を見せた後に、立ち上がった。
「…ちょっとみんな、リカルドから離れて」
「えっ」
そう言って、ナイフはリカルドの剣を両手で握り、そして足をリカルドの胸に当てて、ぐっと引く力を込めた。
「待て、ナイフ。その剣を抜くと、リカルドは…!」
ディルムッドは慌てて止めようとする。『普通』なら、リカルドの命をすんでのところでつなぎ止めている剣を抜いてしまうと、リカルドは大量に出血し確実に命を落とすからだ。しかしナイフはきっと目に力を込めてディルムッドを見た。
「…大丈夫よ。お願い、手伝って」
「……」
ディルムッドでさえひるんでしまうその圧に何かを察し、リカルドの体を支えた。「ありがとう」と言って、ナイフはぐっと力を入れて剣を引き抜く。
「…う…、あああ、あああ……!」
痛みに激しくもがくリカルド。エレーネはミリアに直視させないように、ミリアの頭を抱えて目と耳をふさいだ。時間がかかればかかるほどリカルドを苦しめる。リカルドの激しいうめき声にも、ナイフは心を鉄にして全力で一気に剣を抜いた。血が吹き出る、とディルムッドはすぐ止血に動こうとした、が…。
「…う…。うぅ…。ありが、とう…。ナイフちゃん…」
「…本当にイヤな仕事だわ…。2度とゴメンよ、勘弁して」
胸からはそれ以上の激しい出血はない。そして、リカルドは痛みに苦しんでいるようではあるが、変わらず話し続けている。
「……?」
「…ねえ…、君…」
不思議そうにリカルドを見るディルムッドの奥で立ち尽くしている少女に、リカルドは声をかけた。
「…君…、ゴナンを戻して欲しいんだけど…。巨大鳥は、この辺りを飛んでいる…? 水を飲んで回っているんだよね、あの鳥は…」
「……」
少女は、やはり話さない。先ほどゴナンと何か会話をしていた様子だったから、言葉を発せないわけでもなさそうだが。
「…もう、逃げる必要もないから…。早く、ゴナンを…」
しかし、少女は戸惑ったように空を見、そしてリカルドを見るばかりだ。
* * *
その時。
「コチ!」
と何かを呼ぶ声がした。少女はハッと振り返る。そしてすぐに、ビュンと一頭の馬が現れた。そこに乗っているのは…。
「卵男…!」
少女と同じ褐色気味の肌に、黒髪だが毛先が茶色に脱色している、エキゾチックな顔立ちの少年。少女と同じ柄の服を着ている。今は卵は背負っていないようだが、ナイフはさっと立ち上がって警戒する。少女は卵男の方に歩み寄った。
「シマキ…!」
少女はコチ、そして卵男はシマキ、という名のようだった。シマキはさっと馬から飛び降りる。
「コチ…、『あの子』は…?」
「飛んで行った…。この人達の仲間の男の子を乗せたまま」
「えっ?」
そうしてコチは、小声でシマキに状況を説明し始めたようだった。一方でエレーネは、シマキが乗ってきた馬をじっと見ている。ミリアはその目線に気付いた。
「…なんだか、少し変わった姿のお馬さんね、エレーネ」
「え、ええ…」
よくよく見ると、一般的な馬より一回り大きく、足が長く、顔も小さい。それだけではなく…。
「…あら? 足が6本、ある…」
「えっ」
それを聞いて、リカルドが姿を見たいと体を動かした。しかし傷の痛みにうう、とうめき、体を起こせない。
「あの馬…」
エレーネは、眉をひそめて呟いた。と、その馬がブルルン、と鳴き声をあげる。即座にエサのようなものを与えるシマキ。そしてそのまま、「行くぞ」とコチの手を引いた。
「…ちょっと! このまま去る気? ゴナンは戻ってくるの? ゴナンを返して」
「……ゴナン…」
ナイフが口にしたその名を聞き、卵男こと少年シマキが少し反応する。少女コチもリカルドの様子が気になっているようで、この場を立ち去ることに躊躇している様子だ。
「…そもそも、命を賭してあなたを守った男に対して、あまりにも冷たいんじゃないの? お嬢さん」
「……」
そう言われ、コチはぐっと息を飲む。しかし、続く言葉がない。極力、しゃべらないように努めているような印象だ。
と、リカルドが痛みにうめきながら体を起こした。そして、這いずりながらコチの元へと進む。ナイフが慌てて、その体を支えた。
「リカルド…!」
「…ねえ…、コチさん? 僕は、もうすぐ死ぬ…、かもしれない…」
『かもしれない』を少し小さな声で述べるリカルド。
「…彼方への土産に…、教えてほしい…。巨大鳥とは、卵とは、何なんだ…?」
「……」
「もう、僕は死ぬ…、かもしれない…、から…。最後に知りたいんだ…。他の人に聞こえないように、僕だけに教えてくれて…、いいから…。僕の胸に納めて…、彼方に、持っていくから…」
ふたたび『かもしれない』を小さく言いながら、コチにそう訴えるリカルド。先ほどまで心臓に剣が刺さっていた、血まみれで苦悶のリカルドの姿に、コチは少し動揺を見せた。ナイフはリカルドの意図を汲み取り、助け船を出す。
「ああ…、リカルド。かわいそうに…。あなたが人生をかけて追ってきた巨大鳥を目の前にして、命を失ってしまうなんて…。無念ね…」
そう嘆きリカルドにしがみつくナイフ。
「あなたはただ、巨大鳥と卵のことを知りたかっただけなのに…」
「…いいんだ…、ナイフちゃん…。これが僕の運命だよ…。でも、ああ、知りたかったなあ。鳥のこと、卵のこと…。もうこれで、僕は終わり、かもしれない、か…」
「ああ、リカルド…。無念ね、命をかけたのに…」
リカルドの嘆きに、ナイフが泣きそうな表情を作って答える。少し演技過剰だが、コチの胸には響いたようだ。一歩、歩みを進め、何かを伝えようとリカルドのほうへ近寄ってきた。
↓次の話↓
#小説
#オリジナル小説
#ファンタジー小説
#いつか見た夢
#いつか夢見た物語
#連載小説
#長編小説
#長編連載小説
#オボステルラ
#イラスト
#私の作品紹介
#眠れない夜に