ギャル、勇者になる 24

「これがアタシの戦い方! エーカトール式ルチャリブレ!」
イキーシンに強烈なかかと落としを決めたセレちゃんが言う。
「クッ…たかが踵落としがどうしたっていうんだ…」
 そう歯を食いしばるイキーシンだったが、蛇鱗空間が解除されたことで彼に入った一撃は相当重かったのだと推察できた。
「セレちゃん…すごすぎだよ…」
「どうってことないよ! これくらい。だってこれアタシの一番単純な攻撃だし」
 にっこりと笑いながら、いつものように歩きながらウチに話しかけて来た。
「さて、どうする? オニーサン。まだこれより強い攻撃いっぱいあるんだけども」
「クッ…一発当たったくらいで良い気になりやがって…」
 拳を握り、再びセレちゃんに襲い掛かろうとしていた。
 その時だった。
「イキーシン!」
 叫んだのはこの中で一番背丈のある彼女—レティ・エーヴァックであった。
「…チッ、分かったよ…」
 そう言いながら、彼は振り上げていたその拳を渋々降ろした。

             *

「ッツ…! おい、そんなきつく縛らなくても何にもしねぇよ!」
「いや、お前の事は信用ならんからな」
 ブラッドさんはイキーシンの両手を縛り付けた縄をぎゅっと締めなおすように引っ張った。
 あの後、別で動いていたメイド長達と合流したウチらは取調室に来ていた。先の戦いで何を悟ったのか、不自然に投降した彼に事情を聴くためだ。
「それにしても…ココ、本当にエーカトールの城なの…?」
「そうだよ! こういう事に関しては常に最新の技術を取り入れた方が確実なんだよね~やっぱり」
 この古風な古城には似つかわしくない、しっかりとした最新設備の『ドラマや映画など見る取調室』なのである。
 ウチとセレちゃんは、すぐ隣にある取調室を監視する為の部屋のマジックミラー越しにその様子を見ていた。
「…イキーシン、貴方にはこの任務は任されてなかったはずだけど…」
 ソッポを向くイキーシンに心配そうな目で話しかけるはやはり、この場にいる一番年上の姉であるレティである。
「そうだ。面倒事を増やすと父上にぶった切られるぞ」
 取調室にいくつかある椅子にドカッと座りながらブラッドは前のめりで語りかける。
 イキーシンからすれば、それぞれ違った詰め方をしてきた二人の姉の圧に対処しなければならないのだ。
 暫く続く沈黙。この部屋の天井にある監視カメラの音が動く音が耳に入ってくる。しかしその沈黙もやはりというべきなのか、「蛇に睨まれた蛙」…の蛇だけがいるような、異様な静かさであった。
「…もう決まったようなもんなんだよ」
 最初に彼が呟いた言葉だ。
「決まったって…何が」
「切られるのがだよ」
 その言葉で眉がピクリと動くのは、ブラッドさんである。
「直接聞いた話ではないけど…父上は姉さんたちが全員戻ってこない事に業を煮やしている。城内にいる奴らがもっぱら噂してるんだ」
「だがそれは噂に過ぎないんだろう? …確かに私たちは切られる覚悟でココにいるが、イキーシン…お前はその処分を受ける必要などないハズだ」
 ブラッドさんは先程よりすこし冷静になって彼に言う。
「噂だけなら良いんだが、俺はその噂を根拠に『俺が処分される』って言ってるんじゃないんだ」
 何かを思い出したのか、少しだけ苛立ちを見せながら彼は言う。
「俺は今、俺達の兄さんの命令でココに来ている…」
 その瞬間、それまで強めに取り調べをしていたブラッドとレティの表情が変わったのが見えた。
「兄さん達の命令…?」
「そうだ。俺に下された命令…『姉さんたちを、レイラと共に連れて帰る事』。それが出来なければ兄さんたちが俺を処分する…」
 俯きながら彼は言った。
「兄さん達もまた、その命令を父上から下されている…この意味、姉さんたちなら分る筈だ…」
 取調室内の空気が重くなる。
「セレちゃん…それってつまり…」
「ええ、多分そうだと思うわ」
 イキーシンは姉たちを一刻も早く連れ戻さないと、此方が仕留める前に黒幕自らが処分する。そして彼らの兄とされている人物たちもまた、「弟が失敗したときの処分」という任務を命がけで行っているという事である。
「フゥム…。成程、そうですか…」
 そう声を発したのは、ウチらと共にその状況を見ていたアトリさんであった。
「分かりました。コレから暫くの間、イキーシン・エーヴァックを保護します。折角情報を多く持っている方が居るのに、処分されては困りますからね」
 そう言うと、マイクを使い、同様の事を取調室の三人にも伝えた。
『…三人とも、それでよろしいですね?』
「…ええ」
 声に出したのはレティのみであったが、他の二人も頷き、意思を示した。

                *

 日付が変わった頃。
 ウチはセレちゃんと共にお風呂に入っていた。
「いや~今日も色々あったねぇ~」
 先に身体を洗い終わり、浴槽に浸かっていた彼女が言う。
 巨大浴場…という程ではないが、少なくとも日本の銭湯よりは広いこのお風呂に二人で入るのには十分すぎるぐらいであった。普段は多くのメイドさんが同時刻に使うという事で、そこそこ広い。
「真奈、蹴られた所大丈夫だった?」
「全然大丈夫じゃないと思う」
 そう返答しながらウチが眺めるのは、蛇鱗空間にてイキーシンに思いっきり蹴られた腹部である。しっかりと彼のローファーの形に添った痣が、時間を経て紫色に変色しているのだった。
「女の子の身体をあんなに気安く蹴るなんて…」
 ようやく洗い終わり、変色しているお腹をさすりながらウチもお風呂に入った。
「でもまぁ、あっちも命がけで向かってきてたし。アタシらだけが力を使おうなんていうのはおこがましい話なのよね」
「まあ、そうだけど…」
 そう言いながらセレちゃんの方を向いたウチが見たのは、ウチよりも多くのダメージを受けて来たであろう古傷が至る所にある彼女の身体であった。
「ん、どしたの真奈」
 マジマジと見つめてくるウチに首を傾げていたが、数秒後に理解をしたのか「ああ」と声を出していた。
「ママがアレだからさ、中学生くらいの頃から駆り出されてたのよね~アタシ。…ま、尤もアタシは城内で勉強して、特殊な手続き取って高校生から学校に行き始めてるから…中学生時代なんて無いんだけどね!」
困っちゃうよね~という顔をしながらウチに笑いかけてくる。
「…でも、真奈じゃないといけない気がして」
「…えっ」
 今度は少し俯き加減で彼女は言う。
「ごめんね、真奈。急にまきこんじゃって。アタシが誘わなければこんな痣も作ることなかったのに…」
 彼女のその言葉に、私は何を返せばよいか分からなくなってしまう。
 彼女を責めようという気持ちは全くない。けれど、もし彼女がウチをバディに誘わなかったらウチはこの不可思議の連続の毎日など送ることもなかったのも事実である。
 …しかし。
「でもねセレちゃん、これはウチのにも誘われる理由があるからこそなんだよ」
「…。」
 自分の世界にこもりそうになるセレちゃんの両肩を掴み、ウチの方へと向かせる。
「セレちゃんはウチに能力の能力を見込んで声をかけてくれた。それまでウチが『ただの病気』だと思っていた『数秒先を視る』力も、そのことに気付かせてくれたんだよ」
「…そうだけど…」
 少し弱気な彼女の声。
「あのね、セレちゃん!」
 少し語気が強まる。
「ウチはあのまま病気だと勘違いしっぱなしだったら、中途半端なギャルを演じ続けて、現実を逃避し続けるところだったんだよ! だからセレちゃんに落ち込まれるのが今のウチにとって一番困るの!」
 …ウチがウチと言い出したのも、成るに成り切れない中途半端なギャルかぶれになっていたのも全て小さい頃から聴き続けて来た『一歩先の声』の圧力に他ならない。
 それを「必要としてくれた」彼女いたからこそ、今こうして人生に対して能動的に動き出せるようになってきているのだ。
「だから、セレちゃんは間違ってないんだよ…!」
 そう言い終わったウチ。
 その言葉が反響するこの大浴場は、一人で使うにはあまりにも寂しいだろうなと、ふと感じたのだった。

                 ●

「『セレちゃんは間違ってないんだよ』かぁ~…!」
「バカにしないでほしいんですケド!」
 あの後、それぞれ自室に向かいながら飲み物を飲んでいたウチとセレちゃん。
 彼女に言った事を何度も復唱されたウチはまるで公開処刑を受けているような気分であった。
「あのね! 馬鹿にしてほしくて言ったんじゃないの!」
「分かってるって~! 真奈、あんなこと言うんだな~って思って」
「ムウゥ…」
 ウチはふくれっ面になってしまう。
「まあ…でもありがとうね、真奈」
「…最初からそう言ってくれればいいんですケド…」
 …さっきとはまた別の恥ずかしさがウチを襲ってきた。
 そんな事を話している最中である。
「二人共! いつでも戦闘できるようにしてください!」
 そう言いながら走って来たのはアトリさんとメイド長だった。
「ママにレイラ、何かあったの?」
「何かあったも何も…」
 険しい顔をしながら言うメイド長。
 その腕には何者かに付けられた傷跡があった。
「イキーシンが居なくなりました。レイラがそれに気付いて追ってくれましたが…」
「私の千里眼の範囲内にイキーシンが居たのを確認したんだが、急に消えたんだ」
「き、消えた…?」
 セレちゃんが少し腑に落ちない声で言う。
「そ、そうなんだ…あれは多分逃げたんじゃなく…誰かに攫われたはずだ…」

                   *
「アンタ、見かけによらず相当弱そうね…」
「な、なんなんだよ! 人攫っておいて!」
 どこかに攫われたイキーシンは、その攫った人物に敵意をむき出しにしていた。
「まあ落ち着きなさい」
「落ち着けるかよ! こんな状況で!」
 そう言い終わる前、不意にイキーシンが動けなくなる。
「アンタが生きる方法は一つ。アタシと共に行動する事。そのほかの選択肢はない。まあ…死ぬ方法ならいくらでもあるわね」
 一瞬にして詰められ、額に銃口を当てられていた彼は、言いなりになるしかなかった。
「コレからアンタをもっと使えるヤツにする。アタシが強くしてやるよ」
 不敵な笑みを浮かべて笑うその女性の背にたなびくその髪は、半分は短く、もう半分は腰程まである位の長髪であった。

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