日の当たる方の君へ

 空き瓶が一本転がっているだけの、J区にしてはきれいな裏路地。ここを抜けてひとつ角を曲がればパーキング。
 J区のパーキングは実にピンキリだ。店舗の無料スペースは短時間ならまあ大丈夫。隕石ごとにたいてい地下に共有しているものは入りやすく安価な代わり、何をされるかわかったものではない。車も人も。それなりのお値段とチップを屈強な警備員に渡すタイプも数あるが、どのコネクションのシマか、時と場合、相性と金だ。


「これで全部だっけ?買い忘れないー?」


 両手に下げたマーケットのロゴ入り袋をのぞき込もうとして、もたもた歩きながらボウイが声をあげた。
 前を行くキッドが「だいじょぶだろー」と気のない声を出す。すたすた歩く彼は袋一つしか持っていない。右手をふさぐのはイヤだと。


「ん?ボウイ?」


 後ろでごそごそしていた気配がふとやんだのを受けてキッドが足を止めると、ボウイは一軒の店舗へ視線をやってニヤニヤしている。


「へへっ色っぺー落とし物」


 オフィスの通用口や搬入口が多いこの路地に一枚だけ、パブの黄色い置き看板が出ていた。通りから5、6段ほど下がった先のドアはアスファルトと変わらぬようなグレーで、置き看板がなければビルの機械室と見間違うほど地味だ。
 その半地下の薄暗いドアの前に、赤いハイヒールが片方落ちていた。


「想像しちゃうね。こんなせっまい暗がりで何をしてたんだか?」


 ハイヒールは確かにそれ自体がセクシーといえる。赤くてツヤツヤならなおさら。
 しかしキッドはボウイがそこまで言ってウヒヒと笑ってからやっと同じものを想像した。ボウイが黙っていたら同じ発想にたどり着くのにあと何秒かかっただろうかと、まだニヤニヤが収まらない顔を、脱力とやるせなさと、何とも言えない気分で見つめた。


「俺は、、その靴の持ち主が死んでなけりゃいいけど、って思ったけどな」


「さすがキッドさん、嫌な発想すんの得意ね」


「なんのボウイさん、お前の想像が下品なだけ」


「だーって、俺ちゃん見たことあるんだもんね」


 キッドの思考はふたたびキョトンと立ち止まる。
 気負いも飾りもない素の仕草で首を傾げて見返すキッドは真剣に性別を疑うレベルのお顔だったが、ボウイはそのかわいらしい顔に向けてド下品な言葉で見たものを説明した。赤いヒールが落ちているまさにその場所でせっせと絡んでいる男女がいたと。


「あ、、ありえねぇ、、、激安スーパーとJ区署の間だぞ?!ばかじゃねえの」


 J区署の横の路地、と言った方が早いくらいだ。つまりJ区署の向かいにある駐車場が、安全安心。


「んなこと言ったら、J区署の目の前で殺人とかの方がバカとちがうー?」


 尤もだ。
 同じバカならせっくすの方がよっぽど平和で、、見たことがあるとは言えその発想が先に来るボウイの方がマトモだ。
 こんなあほみたいな会話の中で時たま、自分の傍らにボウイを置いておくのは間違いなのじゃないかと魔が差したりする。傍らどころではない密な距離がやめられないのは確か。どっちがどう「魔」なのか。
 ファミリー向けの買い物。体ごと繋げてしまえる相手。他人の青姦。殺伐とした想像。
 いつも使うような路地にいろいろとまあ転がっていたものだ。やれやれとひとり気を取り直し、ついでにキッドはボウイの手から荷物を片方引き受けた。

 

 表通りに出るとJ区署の正面辺りでなにやら人がざわついている。人だかりから少し下がった辺りに見慣れたオレンジを見つけた二人は、買い物袋をもたつかせながら駆けつけた。


「なんかあったの?」


「車上荒らしの現行犯逮捕よ。たったいま、ココで」


「ココって、、ココで?!本物のバカが居たよキッドさん!」


「、、居たな」


 警察署前のパーキングで車上荒らしとは、、灯台もと暗しとでも思ったのだろうか。体格はいいがぱっとしない身なりの男が後ろから小突かれながら署に向かっている。小突いているほうと言えば人に埋もれそうな身長のグラターノだった。珍しくマカローネ所長と一緒ではないようだ。


「お町、手ぇ貸してたの?」


「ぜーんぜん。おもしろかったわよ。グラターノが一人で捕まえちゃった」


「へぇーーーっ!やーるじゃーん!」


 改めて見ても突然パワーアップしたようには思えないいつものグラターノだ。まるで民間人の運転手を所長が雇っているようだと笑ったこともあったが、彼も立派に警官だったのだ。

 ふいにキッドがグラターノの方へ駆け寄った。 


「お手柄だな!その調子でこれからも活躍してくれよ。愛してるぜっグラターノ巡査!」


「どっ、どどどどーした?!キッドさん?!?!」


「たまにはポリスに敬意を払ったっていいだろ」


 そりゃそうだけどと口ごもるボウイに、お町の前でそれ以上ごねるなと横目で睨み、キッドはブライサンダーに向かって踵を返した。
 影じゃない方のポリスがいつでも、もっと、しっかりしていたなら、自分たちは出会うことさえなかったかもしれないけれど。それでも、グラターノの奮闘を嬉しく思う。自分の中のマトモな感覚をそっと確認して、キッドは影の側に立ち戻る。
 お町とボウイを振り返ると、その向こうではJ区署の前で突っ立ったってまだぽかんとこちらを見ているグラターノ。


「だめだ、ありゃ。逃げられちまうぞ」


 その言葉通り、車上荒らしは直後に逃走し、思わず足が動いてしまった三人はしばらくの間、かけずり回ってポリスに協力した。

 その夜、キッドの敬意の表し方があまりにおかしかったせいだとのボウイの文句はだらだらと続き、当のグラターノは昼間の困惑をさらっと忘れた。

                end

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