見出し画像

アナがあったら、入れてみたい

『アナがあったら、入れてみたい。』


あ。言っておくが、エロい話ではない。
子供というものは、得てして
アナを見つけたら指を入れてみたくなるものである。

公園の木に小さなアナを見つけては、指を入れてほじくってみる。
絵本『はらぺこあおむし』にアナが空いているのも、
子供が指を入れたがるのを知っているからだ。
2歳児が鼻をほじるのだって、
アナに指を入れたい欲求から来ているに違いない。
それほど、小さなアナというのは子供にとって
好奇心をそそられるものである。
そして私もやはり、子供時代はアナに指を入れたかった。


あれは、小学校低学年だったろうか。
私は母に連れられてデパートへ行った。
婦人服売り場で母がワゴンセールを見ている横で、私はとても退屈だった。
ふと見ると、ワゴンセールのワゴンを支えているパイプに、
小さなアナが空いているのを見つけた。


『入るかな?入らないかな?』
そのアナは、ちょうど人差し指が入るか入らないかの大きさだった。
私は少しだけ、指を入れてみた。第一関節まではラクに入った。
もう少し入れてみよう。
キツイ感じはしたが、第二関節まで入れることができた。
しかし、ここから先は難関だ。グッと押し込んでみる。
行った!指の付け根近くまでアナに入れることができた。
私は満足だった。
嬉しくて、アナの中で指をこちょこちょ動かして遊んだ。


さあ、気も済んだし指を抜こう。私はアナから指を抜こうとした。
しかし、どうしたことか?指はうんともすんとも動かない。

あれ?おかしいな。入ったということは抜けるはずなのに、どうしてだ?
私は必死に指を引っ張った。
全身の力を込めて指を抜こうとしたが、微動だにしない。
まさに抜き差しならない状態である。

私は怖くなってきた。
このまま抜けなくなったらどうしよう?
一生、このワゴンごと移動しないといけないのか?
そしたらピアノも弾けなくなってしまうのか?
考えると泣けてきた。
私が悲壮な顔で人差し指と格闘していると、母が戻ってきた。


「奈々!?何やってるの?」
母の顔を見た途端、私は号泣した。
「うわーん。指が抜けへん!」
母は、私の指を見た。
「あんた、何してんの!指が紫色になってるやないの!」
母の言葉にビックリして見ると、私の指は血流が制限されて紫色になり、
パンパンに膨れ上がっていた。
「うわぁーん。」
私は怖すぎて、大声で泣いた。
私の大号泣に、それまでセールに夢中だったマダム達が
ガヤガヤと集まってきた。

「あらまぁ!指が。」
「はよ抜かなあかんわ!」
「指輪取るときみたいに、石鹸つけたら?」

口々にアドバイスを投げてくれる。
母もパニックを起こしていたのだろう。
「そうや!奈々!石鹸つけて滑らせよう!石鹸ありますかー?」
マダム達も、この一大事に色めき立っている。

「石鹸やて!石鹸やて!」
「デパートの店員さん、呼んでこよう!」

誰かが呼んでくれたのだろう、石鹸を持った店員さんが現れた。

「石鹸です!」
「ありがとうございます!」


しかしだ。
乾いた石鹸をどうやって泡だてるのだ?
こうしている間にも、私の指はドンドン血液が溜まり膨れ上がっている。
一刻を争う状況だ。
母は、決断を下した。


「奈々!お母さん、抜くよ!」
「イヤーッ!!!」

母は両足を大きく開いて踏ん張り、力任せに指を引っ張った。
恐怖と痛みで、泣きじゃくる小学生。
心配と好奇心から、成り行きを見守るマダム達。
後楽園ホールさながらの熱気である。


すっぽーん!!!


「ぎゃーっ!!!」


デパートの婦人服売り場に、子供の悲鳴が響き渡った。


「抜けたーっ!!!」
「あー良かった良かった!」

観客からは大歓声が上がった。
母は、試合を終えた力道山のような顔をしている。


あぁ、良かった!抜けた!
母のおかげで、ワゴンごと動く人生を送らなくて済んだ。
しかし、ようやく光を浴びることができた私の人差し指は、
ベロベロに皮がめくれ、あちこちが切れていた。
「痛いよう。痛いよう。うわーん。」
幸い、縫うほどの怪我ではなく、薬をつけるだけで跡形もなく
完治してくれた。


『アナがあったら入れてみたい。』

子供なら誰しもある好奇心だが、
この悲劇以来、私は二度とアナに指を入れることはなかった。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?