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罪と罰

午後の授業が始まるチャイムが鳴り、先生が教室に入ってきた。小学三年生のクラス、担任は『ずるいオトナ https://note.com/nana_rokusha/n/ne99ca9872121 』で記した、唐揚げ先生だ。唐揚げ先生とは、今年赴任してきたばかりの若い女性の先生。ショートカットで目は鋭く、男性のような口調。とにかく気の強い怖い先生である。


「この雑巾、誰や?片づけに来い。」
開口一番、先生は言った。見ると黒板の右下に、無造作に雑巾が置かれていた。明らかに誰かが置き忘れたような置き方だ。

「おい、誰やと言ってるやろう? はよ片づけに来い。」

先生はもう一度促した。
誰だろう?こんな所に雑巾を置き忘れるなんて。
子供たちは誰もが首をかしげ、前に出てくるものは一人もいなかった。
先生は、イライラしてきた。

「おいっ!!!!!!!!!どうなってんねん!自分が置いた雑巾くらい自分でわかってるやろう!はよせいっ!!!」

先生が大声で怒鳴り、子供たちに緊張が走った。
それでも、前に出てくるものは一人もいない。
ついに先生は、ブチ切れた。

「なんでこんな所に雑巾が置いてあるねん?雑巾が一人で歩いてきたんか?違うやろ!誰かがここに置いたからや!こんな事で時間取らすな!はよせいっ!!!」

もはや授業どころではない。
先生は犯人を見つけるまで、この話を続けるつもりなのは誰もが見て取れた。

『もう・・・誰なん? 先生怒ってるやん。早く取りに行ってよ。。。』
私含め、そこにいた全ての子供たちは同じ気持ちだった。


それにしても、どうして黒板に雑巾など置き忘れたのか?
掃除し終わったら、普通は洗って雑巾がけにかけるはずだ。
なぜ、片づけなかったのだ?
黒板を拭いて、そのままにしちゃったのだろうか?


ん???
黒板を拭いて、、、そのままにしちゃった・・・???


あ~~~っっっ!!!!!!!

私はとんでもないことに、気づいてしまった。
この雑巾、置き忘れたのは私だ!!!
そうだ!黒板を雑巾で拭いていたところ黒板消しが汚れているのに気が付き、雑巾を置いてクリーナーで黒板消しの汚れを吸ったのだ。夢中で黒板消しをキレイにしているうちに雑巾のことなどすっかり忘れ、そのうちチャイムが鳴り、雑巾はそのままになったのであった。


私は息ができなくなった。
心臓がバクバクと、大きな音を立てる。
そうだ。。。この雑巾、私だ。

先生は、もはや手が付けられないほど怒り狂い、怒鳴りまくっている。
「すみません!今思い出しました!その雑巾、私でした!」
なんて言える雰囲気でもないし、今さら言ったところで『ウッカリ忘れていた』なんて話、信用してくれるハズもないだろう。というより、ここまで怒り狂ってしまった獅子を相手に、恐ろしくて言えない。

どうしよう。
私は大量の汗をかきながら、必死に解決策を考えた。


「わかった!意地でも名乗り出ぇへんのやな!そしたら・・・今日の掃除当番、全員手を挙げろ!」

5人ほどが、恐る恐る手を挙げた。
教室は静まり返っている。

「よし。お前ら全員、自分が使った雑巾を、廊下から持って来い!さっき使ったばかりの雑巾やから、覚えてるやろ。」


ひぃ~~~!!!
私が使った雑巾は、まさにクラス中が注目してる、あの雑巾ですぅぅぅぅ!


「先生!今思い出したけど、私でした! てへ。」

この瞬間、何度も言おうとした。
しかし小学三年生の私には、この状況で名乗り出る勇気はなかった。


ああ。。。このまま私は廊下へ行き、ひとりカラカラに乾いた雑巾を手に教室へ戻るのだ。そして先生から、
「おい六車。なんでお前の雑巾だけ、カラカラなんや?ちゃんと掃除したなら、濡れているはずやろ?」
と指摘を受け、そのまま皆の前で怒鳴り散らされるのだ。


あああぁぁぁぁ。
もう、終わった。絶体絶命だ。
私は眩暈を覚えながら廊下へ出た。
私以外の掃除係は、さっさと自分が使っていた雑巾を手に取り、教室へと戻ってゆく。
私はこの期に及んで、まだ悪あがきをしようとしていた。
「一瞬で雑巾を濡らせる方法は、ないだろうか?」
しかし魔法でも使わない限り、そんな術などあるはずもなかった。

魔術を使えない自分を恨みながら、私はうなだれ、雑巾がけに目をやった。
すると・・・一枚残っているではないか!!!
異常なほどにビチャビチャだったが、濡れた雑巾が1枚残っていたのだ!!!


神さまぁ~~~っ!!!
あぁ神さま、あなたは本当にいらしたのですね!!!
なぜに、どうして、一枚余分に濡れた雑巾があるのでしょうか???
この奇跡に、私は何度も心の中で手をあわせながら教室へと戻った。


教室に戻った掃除係は、全員が濡れた雑巾を手にしていた。
若干1名、異常なほどにビチャビチャな雑巾ではあったが。

先生は、言葉を失った。
全員が濡れた雑巾を持ってきたのだから、もうこれ以上調べようが無い。
大きなため息をつくと、
「元に返してこい。」
そう言って、黒板の雑巾も一緒に雑巾がけへと返すよう、促した。


へなへなへな。。。
私は雑巾をもどして着席した途端、力が抜けた。
あぁぁぁ。怖かった。
本当に、怖かった。


そもそもは、私がうっかり雑巾を置き忘れたことが、事の発端だ。
そして問題は、『うっかり置き忘れたこと』を、『うっかり忘れてしまっていた』ことだ。
そして罪は、怒り狂った獅子に向かって、名乗り出る勇気が出なかったことである。
全ては、私のせいだ。

みんな~!!!ごめんよ!!!
あの時の犯人は、私です!

全部わかった上で、ひとこと言わせて。

でも、先生。
雑巾一枚で、そこまで怒らんでも良かったんとちゃう???

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