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うちの子に限って

「すみません!ちょっとイイですか?」
街中を歩いていたら、いきなり腕を掴んで呼び止められた。
歳の頃は30代だろうか。なかなか綺麗な女性である。

「お肌、荒れてますね。」
なんだ、この女。
肌に自信があった私はムカッとした。
19歳になったばかりのピチピチ現役モデルを捕まえて、
よくぞ言えたものだ。


「は?どこが荒れてるんですか?」
「あ、ごめんなさいね。そういう意味じゃなかったんです。
あなたならもっとお肌が綺麗なはずなのに、勿体無いなぁって。
私、実はこの近くのサロンで働いているのですが、
良かったら一度肌見せてもらえませんか?
モデルさんのように綺麗な方を探していたんです。」
「えっ!?」
単細胞な私は、直ちに機嫌が直った。


「でも、どうしよう。。。」
「ほんの5分ですから。すぐ近くにあるので、行きましょう!」
少し迷ったが、女性だから安心したのと強引さに断りづらかったのとで、
ついていくことにした。


店の中に入ると、真っ先に機械の前に通された。
「まずは五年後のお顔を見てみましょう。この機械に顔を入れてください。紫に見えているところが五年後にはシミになって浮き出てきます。
オレンジに見えるところは、シミの予備軍です。」
覗いてみると、顔中シミだらけの私がいた。
「えーっ!これが私の五年後?こんなシミだらけになるのですか?」
「残念ながら、今のままだとそうですね。
奥に潜んでいるシミが全部上に浮き出てきます。」


私は愕然とした。
こんなシミだらけになるなんて、、、。
女は、落ち込む私に優しく声をかけた。
「でも、大丈夫ですよ。そうならないために、我々のサロンがあるのです。こちらをご覧ください。」
テーブルには基礎化粧品のカタログが並べられていた。
私はよろけながらテーブルについた。


女は基礎化粧品の説明を、一つずつ丁寧に始めた。
熱心に聞き入る私のために実際の商品を持ってきた。
「これがクレンジング。そして化粧水に美容液、乳液にクリーム、
リップクリームもあります。こちらを使ってきちんとケアすれば、
今よりもっと綺麗なお肌になります!」
「あのシミは全部無くなりますか?」
「もちろん大丈夫です!」

それなら欲しい!
私はこれからモデルとして頑張っていくのだから!

「いくらですか?」
「30万円です。」
「さ、さんじゅうマン!?!」
あまりの高額に、腰を抜かしそうになった。

「そうです。クオリティの高いものですので。
でも、これさえキチンとしておけば、
あなたが本来持っている綺麗なお肌になれますよ。」

30万かぁ。高いなぁ。
でもモデルの仕事で稼いだお金は、無駄に使わずちゃんと貯金している。
払えないわけではない。

「どうされますか?シミだらけになるかならないかは、
あなたの判断にかかっていますよ。」
「こんな高いと思わなかったから、ちょっと迷ってしまう。。。」
「綺麗になりたいのか、なりたくないのか、それだけですよ。
あのままシミだらけになってしまう前に、
今からやっておくことが大切なんです!
 あなたは本当はもっと綺麗なお肌なのに、もったいない!」
「買います!」
私は勢いよく返事をした。

すると女はニッコリと微笑み、手を差し出した。
「契約成立ですね。一緒に頑張りましょう!」
私たちは固い握手を交わした。
私は自分が大人になった気がした。


温かい紅茶が用意され、金額の支払いについて女が話を始めた。
話を聞いているうちに私はだんだん不安になってきた。

『こんな大きな買い物をしちゃったけど。。。大丈夫かな。お母さんに相談した方が良かったかな。』

『いやいや、私は来年二十歳になるのだから、大人だ!大きな買い物こそ、自分で決められるんだ!』

心の中で葛藤が続いた。


紙袋に入った、ズッシリと重い化粧品たち。
帰り道、化粧品の重さと同じくらい心が重かった。


帰宅して真っ先に、母に話した。
「お母さん!私、もう大人やから。だから文句言わんといてや。」
そう前置きをして、化粧品をズラリと見せた。ジッと見た母は、ひとこと。
「これ、いくらしたん?」
「30万円。」
「30万円!?」
案の定母は驚いたが、意外なことにそれ以上何も言わなかった。
怒られると思ったのに肩透かしをくらった私は、
時間が経つほどに後悔の念が占めるようになっていた。


翌日は雪だった。私は大学へ出かけた。
私が出かけると同時に、母は消費者センターに電話をした。
母は最初からわかっていたのだ。店の名前を告げた瞬間、
「あぁ。悪徳商法で有名なお店ですね。」と言われたそうだ。

夕方帰宅すると、母に「話がある」と呼ばれ、
消費者センターへ電話したことを話された。
「今ならまだクーリングオフ制度で全額が戻ってくるって言われたから、お母さん化粧品を返品に行ってきたよ。」
母は雪の降る中、ズッシリ重い化粧品を持って、店まで行ってくれていた。
私が19歳で未成年のため、親が返品を決定することができたそうだ。


私は自分が情けなかった。
これまでキャッチセールスに引っかかる人なんておバカだと
思っていたのに、いとも簡単に引っかかってしまうなんて。
私は大バカモノだ。
でも、まさかあれがキャッチセールスだと思わなかった。
あの女の人を信じたのに。私に握手まで差し伸べてきたのに。
あんな笑顔で人を騙すことができるのか?私はショックだった。


「なんで昨日、その場で怒らへんかったん?」
ずっと疑問に思ってたことを聞いてみた。
「その場で言えば、あんたは意地になるだけやろ。」

見透かされとるやんかーい。

そして母はこう付け加えた。
「もう二度とあかんで。まず声をかけてくる人は無視すること。
そして見ず知らずの店についていかないこと。
声をかけたのが女の人でも、中にいるのが男の人ばっかりで
変なことされたらどうする?
あと高額な物を買うときは、必ず相談すること。わかった?」
「はぁい。」
私はしょんぼりと返事をした。


母親には、どうやっても敵わない。
母親は偉大だと身に沁みたできごとであった。


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