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イヤよイヤよも好きのうち?

20代の頃、関西の旅番組にレギュラー出演していた。女性の一人旅という設定なので、いつもは自分一人での出演だ。
しかし今回は、夏休み企画。同じモデル事務所の仲良し、仮に名前をセイコにしよう、と一緒に出演できることになった。

「やったー!一緒に出られるなんて、めちゃ嬉しいなぁ!」
私たちは、大喜びをした。

ただし、ここには条件があった。
大自然の中でパラグライダーを楽しむシーンを入れたいので、二人にはパラグライダーをやってほしい。一人はインストラクターと飛ぶ映像を、もう一人は一人で飛ぶ映像を撮りたい。可能でしょうかということだった。

私は即座に返事をした。
「無理です!絶対に無理です!」
なぜなら私は、高い所が大の苦手だった。
仕事でホテルに宿泊する時も、可能な限り下層階をお願いするほど、高い所がダメなのだ。

しかし、、、。セイコと一緒にロケに出られるチャンスも、そうないだろう。
うーん。。。
私は譲歩することにした。

「インストラクターと一緒なら、頑張ってやります。でも一人で飛ぶなら、申し訳ありませんが、他の方を当たってください。」

マネージャーにそう伝えたところ、なんとセイコはあっさり一人飛行を快諾したというのだ。
えぇーっ!高い所、怖くないんだ。すごい!

お金持ちのお嬢様で、蝶よ花よと育てられたセイコ。年齢は私より年上だったが、いつも『守ってあげたい』と思う感じの女の子だった。だからまさか、パラグライダーの一人飛行を快諾するなんて驚いた。人は意外な一面があるもんだ。

そうと決まれば、話は早い。
いやぁ。ロケが楽しみだなぁ!
美味しいご飯を食べて、綺麗な景色を満喫して、あとはインストラクターに命を預けてパラグライダーを頑張ろう!

ついに、ロケがやってきた。
セイコとの二人旅は、オープンカーでの撮影だった。輝く太陽に、青い空。風を感じながらオープンカーでのドライブ。美味しいご飯に美しい自然の風景を満喫しながら、撮影の合間はセイコとくだらない話で大笑いをし、恋バナをし、最高に楽しいロケだった。

さぁ、そしていよいよ神鍋高原へ着いた。
パラグライダーだ。
スタッフの方が撮影の手配をしているのを待ちながら、空を眺めた。
大空を鳥の様に舞うパラグライダーたち。
よし、私も頑張ろう!

ふとセイコを見ると、顔が硬っている。
「どうしたん?」
無言のセイコ。
そこへディレクターがやってきた。
「さあ!上へ行きましょう!まずは六車さんにインストラクターと飛んでもらった後、セイコさんに一人で飛んでもらいます。」

「はぁい!」
元気に返事をしたのは、私だけだった。
セイコを見ると、ベソをかいていた。

「イヤや。コワイ。あんなん、できひん。」

えぇっと。セイコさん。
あなた、一人飛行に快諾されたのではありませんでしたっけ?

「・・・・・。」
まさかのセイコに、絶句するディレクター。

「えっと、、、。じゃあ、とにかくまずは上に行ってみて、それから考えましょう。」

「イヤや。怖い。できひん。。。」

子供のように肩を震わせ、泣き始めたセイコ。
おいおいおい。
困ったことになったぞ。
どうするんだ?

ええっと。

「これ、インストラクターと一緒に飛ぶシーンだけ撮るっていうのは、いかがですか?」

うん。我ながら、良い解決策だ。
これなら誰も苦しむことなく、飛行映像を撮ることができる。
奈々ちゃん、ナーイス!

「いやぁ無理っすね。どちらかに飛んでもらわないと、、、。」
あっさり断るディレクター。

セイコは下を向いて、もはや気配を消している。
・・・どうするんだ?
どうすればいいんだ?
日も暮れてきたし。。。
早くしないと、この後の夕景も撮れなくなるぞ。

ええいっ!

「私が飛びます!」

仕方がない。
誰かが飛ばないと番組が進まないのだ。
私がやるしかない。

「六車さん!ありがとうございます!」
親の命を救ったのかというくらいディレクターに頭を下げられ、我々は急いでてっぺんを目指した。

山の上は、凄い風だ。
えぇっ!?こんな所から飛ぶのか?
着地点は、はるか下だぞ?
斜面を10歩も歩けば、そのまま真っ逆さまに落ちるぞ?
オシッコちびりそうだぁぁぁ。

いや!!!やるっきゃない!
私は飛ぶのだ!飛べるのだーっ!

葛藤する私をよそに、係の人はパラグライダーの操縦方法をテキパキとレクチャーし、指示を聞けるようにとトランシーバーを装着した。そしてヘルメットには提灯アンコウさながらに小型カメラが取り付けられ、顔の表情を一瞬たりとも撮りこぼすまいと私を捉えている。
準備は整った。

「さぁ! 次、いい風が来たら飛びますよーっ!」

「はいっっっ!」

気持ちは、スチュワーデス物語の堀ちえみだ。
私はドジでノロマな亀ですが、、、
飛んじゃいます!!!

飛んだーっ!!!!!

物凄い風の力を受けながら飛び上がったが、風に乗った途端、軽くなった。

今、まさに私は、翼で空を飛んでいるのだ!

「きゃーっ!!!サイコー!」

あまりの景色に興奮してキャッキャはしゃいでいると、無線から怒鳴り声が聞こえた。

「ちゃんと指示を聴いて!ハイ、右を引いてーっ!」

そうだ。空を飛んだら、指示通りに手を動かすんだった。

いやぁ、それにしてもサイコーっ!
私は風の気持ち良さと絶景にトロケながらパラグライダーを堪能し、無事に着陸した。

「イェーイ!サイコ〜!」

さっきまでの私はどこへやら。下で待ち構えていたカメラに向かって、満面の笑みでVサインをした。

いやはや、最初はどうなることかと思ったけれど、何でもやってみるべきじゃのう。
人生初のパラグライダーは、サイコーの空の旅となった。

ほどなくセイコが、インストラクターと飛んできた。

「キャハハハハハ!」

セイコの無邪気な笑い声が聞こえてくる。
おいおい。オマエのせいで私が一人で飛ぶハメになったのに、そないに無邪気に笑うかい?
しかしまぁ、この屈託の無いところがセイコの憎めない所でもある。
そんなこんなで、波乱のパラグライダー撮影は、なんとか無事に終了した。

後日、ディレクターがヘルメットに取り付けたカメラの映像をくれた。飛ぶ前から飛行中、着陸した所、全てノーカットで顔面だけが撮影されていた。

上空を飛んでいる私の顔が、画面イッパイに映し出された。
その顔は、まるで放尿中のネコだった。
恍惚の表情。

そうか。
私はこんなにも恍惚の表情をしていたのか。
よほど気持ち良かったのだろうなぁ。

よし!次またパラグライダーのオファーが来たら、、、、、。

もう二度とやらないぞ!
やっぱり私は、高い所が大嫌いだ!

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