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1870 『罪の声』

◇1870 『罪の声』 >塩田武士/講談社文庫

背表紙あらすじ:京都でテーラーを営む曽根俊也。自宅で見つけた古いカセットテープを再生すると、幼いころの自分の声が。それは日本を震撼させた脅迫事件に使われた男児の声と、まったく同じものだった。一方、大日新聞の記者、阿久津英士も、この未解決事件を追い始め―。圧倒的リアリティで衝撃の「真実」を捉えた傑作。

グリコ・森永事件をモチーフにしたミステリー。ネットでの評判がよかったので、Kindleで購入してみた。最近、書店に足を運んでも小説のコーナーには、ほとんど行かなくなってしまった。不思議なもので、ネットだけでは良い本に出会う確率は格段に下がる気がする。やはり書店に並べられているリアルな紙の本を見てから、購入を決めるのが私には向いている。(書店で目ぼしいものを選んでおいて、電子書籍を買うのはアリ)

さて、そんな前置きを書いたのも、ネットでの評判は良かったものの、私にとっては今ひとつだと感じてしまったから。未解決のグリコ・森永事件の真犯人に一介の新聞記者がたどり着く、というストーリーに非現実的なものを感じてしまった。まぁ物語としてあり得ない訳ではないのだが。

さすがに評判が良かった本だけあって、ストーリー展開も巧みであり、読んでいる間は熱中できた。久しぶりに、ページをめくる手が止まらない感覚も心地よかった。しかしながら、物語の上をスーッと通り過ぎただけのような感覚。これは、小説の私自身の小説の読み手としての力量が下がったせいなのかもしれない。

とはいえ、同じグリコ・森永事件を扱ったミステリーといえば、高村薫の『レディ・ジョーカー』という金字塔がある。知らず知らずのうちに、この作品と比べてしまっていたのだろうか、重厚さが足りないと感じてしまった。

物語が犯人捜しだけで終わらなかったのは良かったと思う。ラストシーンは悪くなかった。この感覚は、次の台詞に集約されている気がする。「俺らの仕事は素因数分解みたいなもんや。何ぼしんどうても、正面にある不幸や悲しみから目を逸らさんと『なぜ』という想いで割り続けなあかん。素数になるまで割り続けるのは並大抵のことやないけど、諦めたらあかん。その素数こそ事件の本質であり、人間が求める真実や」


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