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こうして私はバツイチに…④「結婚」

はじめに

どうもふくすけ(@namiuchigiwade)です。

今回は「こうして私はバツイチに…」シリーズのパート4になる。

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この話しは妻の『不倫』をきっかけに離婚した私の実体験である。

離婚した話しなのに、

結婚式を挙げるまでにもうパート4まで来てしまった…。

結婚前と離婚前が本当に色々あったため、

このような構成になってしまった。

ここまで読んでくださった方には感謝しかないです。

本当にありがとうございます。

では続きをどうぞ。

いざ新しい職場

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デカい。広い。

私が新たに勤め始めた関空に来て最初に思った感想だ。

老人ホームで働いていた私は次の日から空港で働くことになった。

ピーク時は週1,400便を越える関空。

羽田、成田に次ぐ第3の日本の窓口。

一つ一つの場所へ行くのにも一苦労だ。

私は万歩計をつけたことがなく、

この頃はスマートウォッチが普及されていなかったため定かではないが1日優に2万歩は歩いていたのではないか。

私がやっていた業務は主に旅客の手荷物検査だった。

1日何百個ものカバンやバッグをX線の機械を通して中に爆弾やナイフ、

密輸などに関わるものがないかをチェックする。

最初は機械を見る前に金属探知機を通過する人をチェックするところから始まった。

「介護と全然ちゃうやん。

やっていけるかな」

始めは戸惑うことが多く、

全てが新しい用語なので一つずつ丁寧に覚えていく。

また、

未経験中途採用特有の年下の先輩に怒られまくる日々が続き、

何度も心が折れそうになった。

しかし、

「お前ら見てろよ。

今に追い抜いたるわい」

と反骨精神で乗り越えていく。

帰りの電車もその日覚えたメモを読み返し、

毎日予習と復習を繰り返していた。

それと並行して結婚式の打ち合わせも続いていた。

入場、退場、歓談などそれぞれに使うBGMや、

お祝いの言葉を誰にいってもらうかなど都度打ち合わせていった。

この頃になるとお義母さんからも特に何も言われることがなくなってきていた。

2009年2月15日の結婚式に向け、

順調に進んでいった。

この時2008年12月。

離婚まであと7年と6ヶ月…。

ついに結婚式!

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2009年2月15日。

ついに私とシホ(仮名)は結婚した。

ここまで色々なことがあったが、

無事迎えられたことを心から安堵した。

シホ(仮名)ありがとう。

お父さんお母さんありがとう。

みんなありがとう。

心からそう思えた。

親族のみのこじんまりした雰囲気ではあるが、

こんなに祝福してもらい、

人間1人では生きていけない。

みんなに支えられて助けてもらってやっと今があるんだな。

とひしひしと感じた。

今度は私がみんなに恩返ししなくては。

新郎になり責任感が増し、

これからももっともっとがんばろうと心に誓った。

ちなみに結婚式の余興でウエディングケーキの中に飴玉が入っていて、

それが当たった人は空気清浄機をプレゼントする。

という企画をした。

出席してくださったみんなで、

せーのでケーキを食べたのだが誰のケーキにも飴玉がなかった。

ただ1人トイレに行っていて、

ケーキに一切手をつけていない出席者がいた。

…お義母さんだった。

お義母さんは余興を知らないので余興タイムが終わった後で飴玉を当てて、

「なんか固いもん入ってるわ」

と飴玉に心底驚かれるわ、

「なんや空気清浄機かいな。

こんなんいらんわ」

とクレームを言うわで大変だったことを追記しておく。

さらにお義母さんは空気清浄機が本当にいらなかったらしく、

離婚するまで我が家に置きっぱなしで1度も使うことがなかった。

この時2009年2月。

離婚まであと7年と4ヶ月…。

私だけ千葉へ

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落花生、成田空港、東京ディズニーランド。

大阪出身の私が抱いた千葉県の印象だ。

結婚式から1ヶ月半後、

私とシホ(仮名)はその中の一つである成田空港に働きに千葉県へ引っ越すことになった。

まず引っ越すまでがなかなか大変だった。

私は妻となったシホ(仮名)と大阪府から千葉県に引っ越すため、

会社の寮は使えず公休日を何度か利用して千葉県の不動産へ赴いた。

これを結婚式の準備とともに行っていたので、

年明けから1日ゆっくり過ごせた日が皆無だったことは皆様の想像に難くないだろう。

さらに新婚生活は4月までともに実家で過ごすというなかなかイレギュラーな生活をしていた。

そこに来てさらにお義母さんに呼ばれてこんな提案を受ける。

「シホ(仮名)のボーナス7月までやん?

仕事辞めてそっち行くのそこからでいい?」

また来たか…。

例によってシホ(仮名)はうつむいたままこちらを見ない。

「はい。

構いませんよ。

どうぞどうぞ」

私も段々お義母さんが言う事に驚かなくなってきていた。

タフになったのかマヒしたのか…。

というわけで2009年は、

2月結婚式

4月引っ越し(私)

8月引っ越し(妻)

というスケジュールになった。

結婚して初めて一緒に住むのが半年後となってしまったが、

まぁしょうがない。

妻は新卒で私がいた老人ホームに入社し、

3年ほどで私の仕事の都合で辞めさせてしまうのだ。

千葉に来てくれるだけでもありがたいと思うようになった。

仕事もさることながら千葉の生活はというと、

意外とすんなり溶け込めた。

大阪の夏は蒸し暑いので風が強い千葉は比較的カラっとしているし、

道も電車もそこまで混んでいなかった。

マックスコーヒーも美味しいし、

中濃ソースも初めてだったので美味しかった。

成田空港の職員ともすぐに仲良くなり、

「千葉ええとこやん!」

と思うことが多かった。

妻が来たら落ち着くかなぁ。

なんて考えた矢先の5月…。

仕事中に珍しく弟から電話がかかってきた。

「なぁ、あのさぁ、」

…。

またもやとんでもないことが起こった。

ー次回ー

ふくすけ「ごめんな。ごめんな…」

この時2009年5月。

離婚まであと7年と1ヶ月…。

続く

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