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充実感を呼ぶ俺のカレー

 晩方、やや出入り口の狭いスーパーマーケットにその男は入店して来た。
行きかう人々から、ひらりと身をかわしS字のような流れで買い物かごを掴み、早速のお出迎え、野菜売り場、本日のセール品コーナーで左から右へ視線を向けた。男の身なりは黒いスポーツメーカーのTシャツにカーゴパンツ、裸足にEVAサンダルと、街にひっそりと馴染む、ある意味迷彩服だった。

 男は透明の袋、四つ入りの玉ねぎを物色し始めた。玉ねぎは丸型というよりは細長く小ぶりだ。ほどよく大き目の玉ねぎを見つけ買い物かごに放り込む。お次は人参、これは大きさの揃った三本入りの袋を同じく買い物かごへ。最後にじゃがいも、小ぶりな大きさに不満そうだが、料理の使い道に適した数の物を違いで選び七つ入りを買い物かごへ入れた。納豆売り場、ワゴンセール、麺類、魚売り場を軽く見て回り、漬物コーナーで茶色の福神漬けを買い物かごへ当然のように入れた。

 大振りの体をまるで宇宙船でも操船するがごとく、不確定に動き回る買い物客の隙を、ごく自然な速度で通り抜ける。肉の安売りコーナーを見るが、目ぼしい物がないようだ。高級肉や手羽先、ローストビーフなど、元々価格の高いものが割引され、少し手の届くお値段になっているか、客のニーズの少ない商品だけが残されていた。ひき肉のコーナーをサッと見回すとトリの粗挽きが安かったらしく、眉を軽く上げて驚き、素早く買い物かごへと入れた。踵を返し牛肉コーナーへ行くと、無料の牛脂を一つ買い物かごへ放り込んだ後、少し間をおいてからさらに牛脂をもう一つ買い物かごへと入れた。お菓子コーナーをよぎって、交差するコーナーでは左右を確認し、そこそこ早足でセルフレジへ並んだ。時間帯にもよるが人が接客するレジよりも時間短縮になる。

 少し待った後、セルフレジの店員に促され、空いたレジに買い物かごを置いた。レジ袋上のピンクの湿ったタオルで指先を濡らすと、開けにくいレジ袋を器用に開けた。ここのスーパーマーケットのレジ袋は無料のようだ。重量のある野菜、玉ねぎ、人参、ジャガイモをバーコードスキャンしてレジ袋に入れる。同一価格のため、同じ価格が機械からテンポ良く読まれる。誰も気にはしないだろうが、男からは少し気恥しさを滲ませている様子が見て取れる。続いて福神漬け、牛脂が二つ、肉汁がこぼれる心配がなさそうな、トリの粗ひき肉をバーコードスキャンしてレジ袋に入れ込む。合計金額が機械に読まれ、財布から小銭を出し、料金受け皿へと流し込んだ。レシートとおつりを財布へ入れ、レジ袋を器具から外すと、忘れ物確認のため無人レジを見回してから、セルフレジ店員のお礼の挨拶を背に出口へと向かった。

 男は家に戻ると、買ったものを出して、すでに買い置きしてあったカレールーを開けた。半分を割って、水分量を箱の裏の説明書きで確認した。このカレールーはローカルスーパーのショップ・ブランド品だ。大手のものが出しているものは味がぼやけているが、採算度外視して作っているのかキレと深みがあって何より味がいい。続いて、薄めの100均で買ったまな板に玉ねぎ一つを乗せると上下をくるっと回転させ先を落とす。外皮をむき四等分にくし切りにして、18cmフッ素加工の片手鍋に放り込む。そして人参の表面をよく洗ってヘタを落とし、やや難しい縦に二等分にした後、人参を上下別々に合わせて薄く半月切りにする。同じく鍋へ。この皮を剥かないことで手間を省き、時短にもなり、皮に多い栄養も逃さない。じゃがいもは小さめの物を三つ選び、包丁でくるくる回しながら皮を剥く。この大きさなら二等分と各々切って鍋に放り込む。そして、野菜の敷き詰められた鍋の上に、粗挽きのトリ肉を発砲スチロールのトレイから、どちゃっと入れて蓋をする。IH調理機に鍋を載せると弱火から中火あたりで、数十分タイマーセットして、焦げないよう蒸し焼きにする。その間に、ごはんを準備する。白米を適当にといで、水を入れた後、押し麦を入れる。若干の香ばしさと食物繊維の増量のためだ。炊飯器のスイッチを入れると低いうなり声のような作動音が聞こえた。

 男はシャワーを浴びたあと、体を拭き、下着姿でスマホやらパソコンで日々行うインターネットのチェックをした。ほどなく、IH調理機の終了音に呼び出され鍋の前へ。いい具合にほっこりと蒸された鍋の中の食材に、既定の水を入れ、辛いカレーが好きなため、一味とうがらしを小さじで大盛り入れる。すると一味がふわーっと鍋の水面に拡がる。そして、牛脂をコクのため今回は二個ポンと入れた。やや、クドくなるかは食べて見なければ分からない。はちみつヨーグルトでもあれば入れたいところだが今はない。そのまま、タイマーセットをして沸騰させる。またパソコンでニュースサイトを見ていると、沸騰を知らせる鍋の前に行きカレールーを割って入れ、しばし煮込む。IH調理機だと焦げ付くことはあるがタイマーセットがあり、ついうっかりしても安心だ。焦げが、やばそうな調理の時は100均のキッチンタイマーをセットして身近に置く。ネットサーフィンとはついつい夢中になるものだ。

 そのネットサーフィンに夢中になる頃、カレーと飯が出来上がる。大盛りで食うため底の深いラーメン用の丼に飯を半分盛る。続いてルーをよく溶かした後、お玉でカレーをたっぷりと丼半分に流し込む。ラストは上品に福神漬けをあしらい完成だ。そして、この食事時に面白いテレビドラマやバラエティーがやっていれば、より飯が旨くなる。

「いただきます」

適度な辛さだ。一味の量がはまり、自分好みのカレーの辛さだ。牛脂のコクはクドさは感じず、いい感じでカレールーを後押ししてくれている。人参も玉ねぎもいい柔らかさだ、いもはホクホクと香ばしい、飯も進む。肉の歯ごたえも見逃せない、粗挽きはアリナシで言えばアリだ。福神漬けを食べると、少し和風な味付けで、気持ちがほっとする。食べ終えた満足感でつぶやく、

「今の俺にとって、一番のカレーはこれだ」

どうぞよろしくお願いします。