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10年勤めたミライロを辞めて、岸田奈美になります

会社を辞めて、書くことを仕事にします。

「大丈夫なのか!?」って思いますよね。私も思ってます。大丈夫なんでしょうか。わかんねえ。

ちょっと、これ読んでる皆さんに頼りたいこともあります。

ということで、すこし長くなりますが、今までとこれからのことをつらつら書きます。

溺れる私は、ミライロを掴んだ

株式会社ミライロに創業メンバーとして加入したのは、2010年の春、私が大学1年生になったばかりのことです。

溺れる者はワラをも掴むつもりの加入ですが、本当に溺れてました。

経営者であった父が突然死し、私が父の意志を継ごうと思いきや、今度は母が病気で下半身麻痺に。家にいるのは、知的障害のある弟と、高齢の祖母だけ。

過酷なリハビリに根をあげた母が「もう死にたい」と泣いて私に打ち明けてから、私は、母のために自分ができることを、猛烈に探しはじめました。

ミライロの社長・垣内俊哉と、副社長・民野剛郎と、私の出会いは、まさにワラでした。時速18kmで流れる川でブクブクいいながら、やっとのことで掴んだワラでした。よう掴んだぞ。

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母のための仕事が、みんなのための仕事になった

ミライロは、障害を価値に変える「バリアバリュー」の視点で、ユニバーサルデザインのコンサルティングをする会社です。社長の垣内も、車いすユーザーでした。

私は大学に通いながら、寝食も忘れ、夢中で創業期を過ごしました。オフィスの寝袋で眠る日々。最終的には、寝袋に入った状態で、チャーハンにほうれん草とマヨネーズをかけたものをモソモソと食べていました。

そして3年が経ったころ。

母がミライロに合流しました。

「車いすで生活をして、悔しい思いをした母だからこそ、伝えられることがきっとある」と信じ、母には研修講師の仕事を用意しました。

初めて、母と二人で、あるお店の研修をしたときのことです。

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たくさんのスタッフさんから「岸田さんの研修のおかげで、自信を持って、障害のあるお客さまを迎えられます」とお礼を言われ、涙を流す母を見て、私もぼろぼろと泣きました。

最初は、母のために飛び込んだ学生起業でしたが、だんだんと、たくさんの障害のある人やその周りの人に、喜んでもらえることに気づきました。

もっと、もっと、ミライロのことを世の中に知ってもらいたい。

愛と行動力だけはある私が任命されたのは、広報部長の役割でした。

愛と自信をおすそわけする、広報部長に

歩いていても、お風呂に入っていても、恋人に3回フラれても、いつも「どうすればミライロを知ってもらえるか」を考えていました。

自分で書いて発信した文章は、500万字を越えました。書きすぎ。

靴底がべろんと剥がれるまで、新聞社やテレビ局を、歩いて歩いて歩いてまわりました。フジテレビのメディアタワーとオフィスタワーは離れてるから注意するんだぞ。

東日本大震災が起きた時は、Twitterに張りついて声という声を探し、障害のある人に必要な情報と物資を届けました。

櫻井翔さんがNEWS ZEROの企画で、私たちの研修を受けにきてくれた時は、万全に万全の準備をして出迎え、イケメンに耐えられなかった私の膝が攣った被害のみに抑えました。

ガイアの夜明けで取材してもらいたくて、ガイアの夜明けを夜が明けるまで研究して、企画書を書きました。(取材してもらいました)

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気がつけば、限りなくゼロに近い予算で、たった一人の広報で、年間200件以上のメディアに取り上げてもらえる「おもしろくて社会の役に立つことをやってる、愛しい会社」になっていました。

私ひとりの力ではなく、ミライロのみんなで、ひとつひとつ、積み上げてきたことです。それが社会に伝わるのが、本当に、本当に嬉しかったんです。

不幸だと言われた私の人生が、価値になった日

あっと言う間に10年が経ちました。

3人だったミライロには、60人が集まりました。

孤軍奮闘していた広報部には、信頼できる仲間が増えていきました。

少しずつ、私にしかできないことがなくなっていることに、気づきました。

でもそれは、喜ばしいんです。組織と個人がぐんと成長し、みんなができることが増えていったのだから。

このままでもいいけど、このままでいいのか?

そんな風に考えはじめた折に、私はひとつのnoteを書きました。母と弟のことでした。

なんとなく思い出した日常を、なんとなく書いたら、たくさんの反響をもらいました。

届いた感想を噛み締めて。人生で経験したことがない、特別な嬉しさに浮き足立っていました。

noteが名刺になって、私をたくさんの人々と引き合わせてくれて。

糸井重里さん、前澤友作さん、幡野広志さん、別所隆弘さんとの出会いは特に、私だけではなく、傍からみんなが見守って、喜んでくれました。

優しい人ばかりのnote編集部の皆さんとも、仲良くなって、楽しくて、またたくさんのnoteを書きました。

私の気持ちが固まったのは、佐渡島庸平さんとの出会いです。

佐渡島さんは、言いました。

「岸田さんが書く文章は、おもしろいのに、人を傷つけない」
「人を傷つけて笑いを取る方が簡単な今、これがどれだけ稀なことか」
「でもそれは、岸田さんが、今までたくさん傷ついてきたからだと思う」

もうね、このときの衝撃ったら、ないよ。


目から鱗という鱗が落ち、なんなら涙も落ちました。

父が突然亡くなり、母が歩けなくなり、弟に障害があった。
なんだか予期せぬトラブルが、いつも起きてしまう。
みんなが当たり前にできることが、どうにも苦手で、後ろめたい。

たまに誰から「不幸だ」「お気の毒に」と言われてしまう私の人生は、私と家族の物語は、見方を変えれば、私にしかない価値だったと。

教えてくれたのは、ミライロと、佐渡島さんでした。

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私にしか書けないことがあって、みんながおもしろがってくれて、それで世の中でちょっとでも楽しいことが起こるならば。


もっと書きたい、と強く思いました。


いつ、なにが起こるかわからないことを、身に積まされた人生です。

名残惜しいですが、ミライロのことは信頼できる仲間と、自分が作ってきた轍に任せて、私は書くことに専念すると決めました。


10年間働いたミライロを、辞めました。


「事実は小説よりも奇なり」のお裾分けをしたい

そうは言っても、私がとんでもない奇跡とトラブルを同時に引き寄せる女であることには変わりないので、足取り軽く歩んでいくために、佐渡島庸平さん率いるコルクに、エージェントをお願いすることにしました。

思いがけず、職業が「作家」になりました。

でも、私が本当になりたいのは「岸田奈美」だったりします。

とんちんかんな出来事が、いつもそばにあるのが私の人生です。

事実は小説よりも奇なりという言葉の通り、つまずいて転んで、辺りを見回して大笑いしています。

私が行って面白くなるなら、どこにでも行くし。

私が話して喜んでもらえるなら、なんでも話すし。

私にしか書けないことなら、いつでも書くし。

そんな「岸田奈美」を、応援してくださる皆さんに、「奇なり(=キナリ)」のお裾分けをしていきたいです。

思いと決意を込めて、WEBサイトの名前は「キナリ」にしました。

私をおもしろがってくれる人に、頼みたいこと

さて、長くなりましたが、ここからがお願いです。

ベランダで育てている小ネギは無限に生えてくるものの、それで家族が腹を満たすには一抹の不安があります。

私の「キナリ」をおもしろおかしく見守ってくださる人は、どうか、こちらのご協力を考えてみてください。岸田の仲間になってください。

①岸田奈美の有料noteマガジン「キナリ★マガジン」を定期購読
無料で読める記事もどんどん書いていきますが、ちょっとだけ有料の記事も増やします。「岸田家のできごと」や「突撃!岸田の文ご飯シリーズの特別編」など、1ヶ月におよそ4本の限定記事が読めます。(月額1,000円/1000円分笑わせるよ)

↑から購読の申し込みができます。

↑は記念すべき「キナリ★マガジン」の第一作目です。

②岸田奈美になにかを依頼してみる
エッセイ、小説、体験談、インタビュー、講演、企業のPRなど、私が頭と身体を全力で動かすことでお役に立てることがあれば、お声がけください。

③岸田の家族になにかを依頼してみる
一家総出でお役に立てることもあります。母や弟となにかを話したり、どこかへ行ったりすることで、お役に立てることがあれば、お声がけください。


④3月31日(火) 19:00〜 岸田の旅立ちを見守ってみる

「岸田奈美の、作家になってがんばる決起会」を開くことにしました!憎きウイルスの影響で、出かけるはずの予定が中止になってしまった方々に、少しでも楽しんでもらいたくて、完全無料としました!コルクありがとう!

会場で参加する(東京・渋谷)か、オンラインで参加するか、どちらも選べます。どちらでも、お待ちしています。

いろいろなお声がけ先は kinari@corkagency.com  までお願いします!

私がおもしろいと思うものを、一緒におもしろがってくれる人たちと、いろんなことをやっていきたいです。

皆さんの応援を形に変え、新しい体験に飛び込み、おもしろいなにかを持って帰ってきます。約束します。


これからも、岸田奈美を、よろしくお願いします!

(素敵な写真はAizawa Ryoさんに渋谷で撮影してもらいました)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

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記事にいただいたサポートのお金で、母や弟(岸田家)と「したことない体験」に挑戦し、新しく記事を書きます。いつも応援ありがとうございます!

1713
28歳の作家。100文字で済むことを2000文字で伝える。車いすユーザーの母、ダウン症の弟、亡くなった父の話など。講談社・小説現代 連載、文藝春秋2020年1月号巻頭随筆 執筆。コルク所属。 Official WEB→https://kishidanami.com/

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コメント (12)
もうすでに面白い!最高!
好きでしかない!笑
こんな応援しかできない僕を許して欲しい。
ただ、メチャ応援します!
岸田さんに憧れてます。
note頑張って書くのでぜひ見てほしいです。
岸田さんのnoteも参考にさせて頂きます。
相手の予想を越えなくては笑いを起こせないので、普通の人には作家は無理です。

奈美さんは並みじゃないので行けます!

お母さんの言う通り、人と違うというのは個性、強み、武器だと思います。

狂気、狂喜、狂ってるぐらいじゃないと人生は楽しめないと思います。

益々のご活躍をお祈り申し上げます(^_^)
「私が本当になりたいのは「岸田奈美」だったりします。」

あぁぁぁぁ。なるほど、そういうことなんだよなぁ、と自己完結しました。
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