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大金星

人が好きです。
色んな人の話を聞くのが好きです。
大抵誰にも自分と同じくらいかそれ以上に大きなサイズのストーリーがあって、その中にはいくつかの驚くようなエピソードがあったりするわけで、それを根掘り葉掘り聞くのが好きです。

たとえば。
元力士で、SPの経験もあって、歌が上手くて、信じられないほどの量を食べ、人が良くて、自分で居酒屋を始めた男がいました。
初めて会ったのは、彼がレッスンを受けに来た時。
元力士という話を聞いてなんだかワクワクしてきたので(悪い癖)、早速掴みかかって相撲を挑んでみたところ、岩の様に動かず…。一人で勝手にグッタリしている俺を、ニコニコと実に楽しそうに眺めている彼を見て、ああこれはきっとすぐに仲良くなれるなと思いました。

歌も上手かった。
彼のレッスンを経て、やっぱり筋力というのはかなりのアドバンテージなんだなと、考えさせられたものです。もちろん歌は筋力だけではありませんけれども、相撲甚句の事を頭に浮かべながら、「お相撲さんってよく声が出るもんなぁ」などと考えながら、これはいつか検証してみなければとまたワクワクしたり。

一度、しゃぶしゃぶの食べ放題に連れて行った事もあります。
食える食えるって言うならどんだけのもんじゃい!と、見掛け倒しの少食人間のくせにまた悪い癖が出て、彼と対決をしに美味しいしゃぶしゃぶ屋さんのランチを食べに行きました。
大皿に、あのフグの刺身みたいな感じで盛り付けられていたんですが(ああいうの何て言うんですかね?)、それを何枚もいっぺんに箸でスルスルっとすくって、ひと口…。途中から見てるこっちが腹一杯になってきて、ずっと見とれていました。
あの日、彼が何皿食べたのか正確な数は覚えていませんが、最終的に凍ったままの牛肉しか出てこなくなったので、なんだかお店に悪い気がしてきて、彼にはご馳走様してもらいました。

ある日からレッスンをお休みする事になりました。
自分の店を出すと。
それは楽しい話だなあと、オープンした直後にお祝いを持って行ったりもしました。
一人でやるにはちょうど良いサイズの居酒屋で、名前は「金星」。決して口数は多くないものの、優しくて人懐っこい彼の笑顔には、どんな人が来てもふんわりと仲良くなれる力があるので、きっと上手くいくだろうと思っていました。変わり種ちゃんこ鍋なんかも美味しくて、きっと繁盛するだろうと思っていたし、なかなか会えなくなったけれど、ずっと安心していました。

沢山の人に出会うという事は、その分、会う機会が少なくなるという事なのかもしれません。
人が好きで、一度好きになったらずっと好きなのに、ジレンマです。
コロナの間、色んな人を思い浮かべながら、事態が落ち着いたら沢山の人に会いに行かねばと思っていました。会いたい人は沢山います。色んな場所にいるので、会いに行くためにはなんかうまいことクラウドファンディングを立ち上げるとか、ティッシュで作った何かを山ほど高値で売り捌くとか、そんなアコギな事でもやらない事には経済力が追い付かないほどです。

そんな事を考えていた矢先、連絡が来ました。
彼が亡くなったと。
"耳を疑う"というのは、本当にこういう時のこういう事を言うのだと思います。ただただ阿呆のように
「は?」
という言葉が口から漏れるだけ。情報の真偽について考える事も、次にどういう行動に移るのかについても何も無く、しばらく「?」が頭に浮かぶだけ。

彼はまだ若く、とても元気でした。
本当に無念な急死。もちろん自死なんかではありません。

今、俺は彼のお通夜からの帰路にいます。
仕事の隙間を縫って、長い距離を移動しました。
葬儀場にいられたのは、たった10分ほど。
お母様が気を遣ってくださって、彼の近況や、亡くなった時の状況について説明してくださいました。
慣れないお焼香をして、手を合わせ、彼に会ってきましたが、本当に残念としか言いようがありません。

葬儀場を後にして、駅まで歩きました。
彼の事を思いながら夜道をずっと歩いていたんですが、ふと顔を上げると彼の店の看板が。しばらく俯きながら歩いていたのに、本当に偶然に。
駅から葬儀場までの道くらいしか分からない全く土地勘の無い場所ですし、以前訪れた時は車で送ってもらっていたので彼の店の場所がどこかなんて知らなかったのですが、気付いたら彼の店の前でした。
彼らしい、気の利いた見送り。
天国に行ってまで気を遣わなくて良いのに。

駅のホームは、とても寂しい景色でした。
人生で初めてかもしれません
「化けて出てこい」
と呟いたのは。今のところ出てくる気配もありませんが。

昨日彼の訃報を聞いてから、ずっと思っている事があります。
とにかく、俺より年下の奴は皆んな俺より長生きしてちょうだい。
こんなのは嫌だね俺は。
皆んな幸せでいてくれ。
そして、ちゃんとした物食べて、水分をしっかりとって、適度に運動して、無茶しないで、身体に良い事をして、いつまでも元気で。
とにかく、何でも良いから、ずっと元気でいてくれれば、必ずいつか会いに行くから。いつだって会いに来てくれて良いんだし。
人が好きな俺は、好きな人がいなくなるのが嫌だ。
俺は神様じゃないからできる事なんて無いけど、バイバイするのはもっともっと先で良いはず。

彼との今日の思い出は、いつまでも大事に取っておこうと思います。
明日からまた俺は元気に毎日を過ごして、大事に日々を生きていたいと思います。
それにしてもまあくん、早すぎるぞ。
だけどバイバイ。

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