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賢者のセックス

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小説「賢者のセックス 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと」一覧
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#小説

賢者のセックス:ヴァレンタインの夜

「ねえ、起きてる?」  暗闇の中でソラちゃんの声がした。 「起きてるよ」 「去年のバレンタインデーって、私たち何してたっけ?」 「セックス……してたんじゃなかったかな」 「そうだよね。騎乗位?」 「たしか騎乗位だね」  二〇二一年のバレンタインデーは日曜日だった。  ソラちゃんと僕の小説執筆プロジェクトのキックオフが一月二三日で、一月の最終週に正常位、二月の一週目が後背位、で、二週目の週末の一三日に座位、一四日は騎乗位の調査をしたのだった 「懐かしいねえ」  ソラ

新型コロナで会社が潰れかけたので転職したらまんがタイムきららのお姉さんキャラになっていた話

第3話 まんがタイムきららとは 諸君。おはよう。きらら先輩である。  昨日はあれから腐な友人と電話をしたのだが、BLのドラマCDを聞かせなくても元気になってくれたので安心してくれ。ドラマCDはまたいつか、今度こそこれを聞かせないと死んでしまうとう時に使うことにする。まるでポーションだな、とか思った者は手を上げよ。  あなたは正しい。  オタクはオタク成分を摂取し続けなければ死んでしまう生き物である。  推し声優のドラマCDはその成分をギュッと濃縮したポーションである。

賢者のセックス / 第15章 指輪とコンドーム / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

第67話 惜別  大磯への一泊旅行から戻ったソラちゃんは、それまでとは打って変わって快調に小説を書き進めているようだった。毎晩メッセージで「今日は三〇〇〇字書いた」「今日は二五〇〇字」「二章まで終わったよ」「もうちょっとで三章終わる」といった具合に、その日の進捗を教えてくれるようにもなった。伝奇ものやセカイ系というアイデアは捨てたらしいけれど、どんなものを書いているのかは「秘密」なのだという。 「どこかで見たようなものを追うのは止めたんだよ。いつ何があるかわからないもんね

賢者のセックス / 序章 / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

あらすじ 「僕」はアニメやマンガが好きな青年。去年の五月から中学校の先輩のソラと同棲をしているが、恋人同士というわけではなく、セックスフレンド兼愚痴聞き役というような立場だ。  ある日、僕は性交の直後のいわゆる「賢者タイム」に、性交中にどこかの風景が見えるという話をする。それを聞いたソラは、小説の新人賞に自分が応募する小説の素材として、それを使わせて欲しいと言い出す。  最初は冗談だと思っていた僕だったが、ソラが熱弁をふるった結果、小説執筆に協力することになる。こうして始ま

賢者のセックス / 第1章 賢者タイムとファンタジー / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

賢者タイムの失言  賢者タイムという言葉がある。  僕も最近ツイッターで見て知ったのだけれど、面白いので自分でも使うようになった。賢者なんていうとドラゴンクエストや異世界もののライトノベルのキャラクターを思い出すかもしれないけれど、賢者タイムとそれらの関連性は乏しい。  気恥ずかしいので一度しか書かないが、賢者タイムとは要するに射精した直後の男が性欲を失っている時間帯のことだ。性欲だけじゃなくて、セックスの相手への興味も一時的に失われてしまう。女性にも似たような現象があ

賢者のセックス / 第2章 調査計画と研究倫理 / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

神様、聞いてますか。  ソラちゃんは朝が弱いから、先に起床して部屋を暖めておくのも、朝食を準備するのも、使い魔である僕の役割になっている。  僕は作り置きのベイクドビーンズを温めている間に焼きトマトとベーコンエッグを作って水菜を添え、トーストとミルクティーの準備をした。ベッドルームからソラちゃんが出てきたタイミングでトースターのスイッチを入れ、ティーポットにお湯を注ぐのが理想の流れだ。慎重に、丁寧に、ロイヤルなんとかという高そうなお皿にイングリッシュブレックファストを並べ

賢者のセックス / 第3章 手と唇 / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

興奮の盛り上がり、ですか?  カチ、カチ、カチ。マウスをクリックする音が響く。  ポインタが画面の上を行き来する。  表示されているスプレッドシートの二列目には、唇とか首筋とかペニスとかいった単語が入っている。その隣にはキスとか、さするとか、なめるとか、口に含むとか……。あまりにも即物的で、ここまで来ると恥ずかしさはほとんどない。お仕事という感じ。  時折、ソラちゃんは僕の方を見て考え込む。愛撫方法の分類について悩んでいるのだ。 「君、正常位で動いてる時に何か見える

賢者のセックス / 第4章 正常位と胸と手のひら / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

エブリデイ・マジック  その次に僕たちがセックスをしたのは、一月の最後の土曜日だった。前の週の前半はまだソラちゃんが「女の子の日」だったし、後半は僕もソラちゃんも仕事が忙しくて、セックスをするような体力が残っていなかった。  特にソラちゃんは仕事が大変そうだった。新型コロナウイルスで売上が激減している業種もある一方で、ソラちゃんの会社は新規案件の依頼が殺到しているという。接待費や出張費がかからなくなった分の予算を、人材育成に投資したいという会社が多いのだとか。  ソラち

賢者のセックス / 第5章 後背位とお尻 / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

「嫌いじゃないけど、そこまで好きでもない」  翌日の午後、僕たちは入念な調査計画を作った上で、後背位についても注意深く検証した。  インターネットで調べたところ、後背位には大きく分けて五種類のバリエーションが存在することがわかったので、僕たちは話し合いながら手順書を作り、一つ一つ順番に調査をこなしていった。  射精のタイミングについては、最低でも二種類のバリエーションをこなした後は、イキたいときにイって良いことになった。ある程度調査が進んできたことでコツも掴めてきたし、

賢者のセックス / 第6章 書斎とリビングルーム / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

書斎  その後の一週間、僕たちの関係はかなり気まずかった。日曜日の夜以来ソラちゃんはベッドルームには足を踏み入れず、僕たちが書斎と読んでいる部屋にゲスト用の寝具を運び込んで、そこで寝るようになっていた。  ここはソラちゃんの家で、ベッドルームはソラちゃんのベッドルームなのだから、ソラちゃんはベッドルームで寝るべきであり、ベッドルームの外でどちらかが寝る必要があるとすれば、それは僕だと思う。そのように言ってはみたものの、ソラちゃんの意志は変わらなかった。  書斎は六畳の洋

賢者のセックス / 第7章 手つなぎとフィールドワーク / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

市役所の方  翌朝、僕は思い付く限りの贅沢な朝食を作った。ポリッジ、シリアル、ベーコン、目玉焼き、ベイクドビーンズ、焼きトマト、椎茸のソテー。ホワイトプディングの代わりのヴァイスブルスト。クレソン。リンゴ。アーマッドのデカフェのアールグレイ。  全て、この家に住み始めてから憶えたものだ。去年の今頃の僕は料理なんかしない人間だった。ソーダブレッドは自分で焼いて、密かに通販で買っておいたスリップウェアに載せた。イギリス製のは手に入らなかったから、国産だけどね。  あと少しで

賢者のセックス / 第8章 落書きと夢 / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

四阿  その中学校は丘の上にあった。昔は多摩ニュータウンと呼ばれていたという、多摩丘陵の上を切り開いて作られた巨大な住宅地の東の端だ。学区の中には三つの小学校があり、僕とソラちゃんは別の小学校に通っていた。だから小学校時代のソラちゃんと僕は何の接点もない。  僕たちは中学校の東門の前でタクシーを下りると、校門に覆いかぶさるように大きく茂った木々を見上げた。黒々としてねじ曲がった太い幹。これも桜だ。僕の記憶にあるそれよりも、一回り大きい気がする。ここに立つのも考えてみれば一

賢者のセックス / 第11章 二人ですることと一人ですること / 彼女がセックスについてのファンタジー小説を書いていた六ヶ月の間に僕が体験したこと

違和感  ディスカッションはその後も続いた。  僕は一番気になっていることを口にした。 「でも、何でこんなことが起こってるのかな? 僕は何かの病気なのかな? それとも超自然現象ってやつが来てる? 魔法とか呪いとか」 「それは何とも言えないね。そもそも君なのか、私なのか、私たちなのかさえ、まだはっきりしないし」 「僕じゃないの?」 「もちろん、風景を見てるのは君だよ。だから君に起こったことなのは確かだね。でも、前にも言ったけど、機序ね。ものごとが起こる仕組み。それは、まだ