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ただの成功ストーリーじゃない!ミシェル・オバマの自伝「マイ・ストーリー」(Becoming)

オバマ前大統領夫人、ミシェル・オバマの自伝『マイ・ストーリー』。

二度読んで、思いました。モナ・リザみたいな本だなって。

キャリアに迷う人も、子育てと仕事のバランスや夫婦関係に悩む人も、裕福ではない家庭で育った人も、「いいとこのお嬢さんやお坊ちゃん」の中に放り込まれて気後れしている人も、逆に有名税に苦しめられている人も、「女性初」とか「○○初」みたいな肩書きを背負っている人も、差別や社会問題に関心がある人も、教育や健康に興味がある人も、家族や友人との別離を経験した人も、「これは私のために書かれた本だ!」って思えてしまう。

人生の異なるステージで、色んな位置に立っている人たちにみんなして、「ミシェルは私の方を見て微笑んでくれている!」と感じさせてしまう。

そんなすごい自伝なのです。

その要因の一つとしてはもちろん、彼女の人生経験の振れ幅が大きいことがあると思います。

自分たちの家を持てず、親戚の家の2階に住ませてもらっていた幼少期から、ホワイトハウスまでの道のり。ハーバードロースクールからの法律事務所というエリート街道から、NPOへの方向転換。マイノリティとしての側面と、VIPとしての顔。人生経験の豊富さが、はんぱないのです。

でもそれ以上に大きいのは、それに伴ってわきおこったさまざまな感情を丸ごと見せてくれている、そのオープンさと正直さ、そしてそんなアップダウンからも最終的には希望と可能性を感じさせてくれる、強いメッセージ性


もし「アメリカの政治家ファミリーとか興味ないし」とか、「私べつにマイノリティじゃないから共感できないかな」とか思って敬遠してしまったら、すごくもったいない。

だって、二人三脚でアメリカ政治のトップにのぼりつめた二人が、一時はすれ違って夫婦カウンセリングを受けていた話とか、聞いてみたくないですか?ホワイトハウスという特殊な環境での子育て秘話、知りたくないですか?

これはほんと、みんなのための本なのです。マイノリティ問題に関心ある人だけとか政治セレブに興味ある人だけじゃなくて、その対極にいる人にもぜひすすめたい。

分厚い本を読むのは苦手だよ、という人は、Netflixのドキュメンタリーをどうぞ。


Becoming

日本語では「マイ・ストーリー」と訳されているタイトルですが、私は原題である「Becoming」の方が好きです。

既に何者かに「なった」(Became)でもなく、これから「なる!」(will become)でもなく、「Becoming」。ホワイトハウスを出た後でさえ自分というものになり続けている、その旅路が現在進行形で続いている。そんなニュアンスを含んだ「Becoming」というタイトルは、そのまま本書を貫くテーマでもあります。


ミシェル夫人は、バラク・オバマと付き合い始めて1年が経った頃、日記にこんな風に記したそうです。


自分の人生はどこに向かうべきなのか。どんな人になりたくて、どんな風に世界に貢献したいのか。それが分からなくて混乱してる。


意識高い彼氏ができて、その影響で自分のことを振り返るようになった。

上昇志向に突き動かされるがままにロースクール、法律事務所と進んできたけれど、純粋に「世の中を良くしたい」みたいな情熱で動く彼氏と過ごすうちに、「私の生き方これでいいんだっけ?」と問い直すようになった。

それでゴチャゴチャ悩んでとりあえず日記を始めてみた・・・


後にアメリカのファーストレディまで上りつめた人でさえ、若かりし頃にこんな風に悩んでたのかと思うと、何だか安心します。


等身大ミシェル・オバマの軌跡

法律事務所で働いたあと、NPOではディレクターをつとめたり、病院ではバイス・プレジデントをつとめたりと、幅広く活躍してきたミシェル・オバマ。

この自伝は彼女の成功ストーリーという側面ももちろんあるのですが、同時に、等身大の彼女による「悩みや迷いの物語」でもあります。


メンターと呼べる女性に出会い、弁護士業より情熱を燃やせそうな仕事へのオファーをもらった後も、もんもんと悩むわけです。「収入減るよなぁ・・・学生ローンもあるのになぁ・・・」って。


のちにファーストレディになるような人が、その昔転職にあたってローンの心配をしてたとか、親近感しかわきません。


このキャリア転換のくだりにいたるまでに繰り返し描かれているように、ミシェルは元来まじめで勝気なタイプ。ハーバードのロースクールから法律事務所へと、出世と称賛を求めて突き進んできたわけです。

本書を通じて幼少期からの彼女を見てきて、「あの負けず嫌いなミシェルがねー」と親戚のおばちゃんみたいな気持ちになっている私たち読者にも、ここでの葛藤の深さはリアルに迫ってきます。私たちは当然、ミシェルが行き着く先を知っているわけですが、それでも臨場感あふれる描写に気づけばぐっとひきこまれていました。


それからプライベートでも。「結婚」へのこだわりが薄い彼氏にやきもきし、いざ結婚してからは不妊治療にもやもやし、子どもが生まれてからは育児とキャリアの板挟みでもんもんとし


仕事ではもっと活躍の余地があると感じながらも、子育てを優先してストップをかけてしまう日々。そんな自分を横目に夫は政治に関わるようになり、忙しく飛び回って家をあけることが増えていく。積み重なっていく不公平感。からの夫婦カウンセリング。

だから、夫が上院議員選に出るって聞いたときも、あまりいい気持ちではなかったし、「今回落ちたらもう政治はやめてね」なんて条件もつけた。大統領選出馬についても、最初は乗り気じゃなかったし、そもそも当選するとも思っていなかった・・・


なんと・・・


もちろん、シカゴの黒人街で育った奴隷の子孫であるミシェル・オバマが、「幼い頃から帝王学を授けられていた政治エリート」でも「権力者の妻になるべく育てられたお家柄のお嬢様」でもないことは百も承知でした。


でも、それにしても。「選挙戦でも大活躍し、白人の母を持つバラク・オバマを補いつつ黒人票の獲得に貢献した」というイメージが強かっただけに、最初は夫の政治活動に難色を示していたというのは意外でした。

改めて、「ファーストレディ」というものが、彼女にとってまったく想定外の道だったことが伝わってきます。


強い意志をもち、キャリアや家庭のあれやこれやを選び取ってきた一人の女性が、夫のこれまた強い意志やポテンシャルを間近で感じ、サポーターの熱意に触れ、向き合い、模索するうちに、ホワイトハウスに着地していた・・・

ここに描かれているのは、そんな葛藤や決断や学びの旅路です。人生で葛藤や決断や学びを味わってきた人なら、夫の大統領選出馬を許すべきか悩んだことがなくても、自分のスピーチが部分的に切り取られて炎上したことがなくても、きっと共感できるはず。


選挙戦、そしてホワイトハウス生活

選挙戦のくだりでも、オバマ陣営の戦略とか、資金集めとか、そういった話は登場しません。一世を風靡したスローガン「Yes we can」のYの字も出てこない。

その代わりに紹介されるのは、たとえば忙しい日々でもできるだけ家族の時間を大切にしようとしたこと。遊説先で娘が誕生日をむかえたときは、街のひとたちがみんなでお祝いしてくれたこと。

最初は選挙戦と自分自身のキャリアをどうにか両立させようとしていたこと。飛行機に飛び乗って演説を繰り返す日々に、途中で仕事はあきらめたそうですが。

それから、どんどん有名になり、いく先々でカメラを向けられ、もみくしゃにされるようになったこと。

20年も前の卒論を引っ張り出されて、反白人主義などと言われたこと。オバマはテロリストだと書き立てられたこと。そうした誹謗中傷の類がチェーンメールで出回り、間に受けた知人から電話がかかってきたこと。30分かけて「あれは根も葉もない噂だ」と説明しながら、心おれそうになったこと。

護衛がつくようになり、幼い子供への影響を心配したけれど、娘たちは「お友達が増えた」くらいの認識でのびのび過ごしていたこと。


選挙の結果が出た日のこと。


ワシントンへの引越しに伴い、子どもたちの転校手続きを済ませながら、「大統領の娘だからという理由抜きに、この子たち自身をちゃんと好きになってくれる友達ができますように」と願ったこと。

選挙中は共和党ブッシュ政権を厳しく批判したけれど、いざホワイトハウス生活を始める際には、ブッシュ一家があたたかくサポートしてくれたこと。

どこに行くにも、なんなら部屋からベランダに出る時でさえ、ものものしい警備が必要になること。

娘が「ちょっとアイスを食べに行こう」と友達に誘われたときも、警護の調整が必要になってなかなか出発できなかったこと。ティーンエイジャーになった娘がプロムのデートに出かける際も、ごついボディーガードを従えていかざるをえなかったこと。

娘たちの世界をできるだけ政治のあれこれから切り離し、子どもが子どもらしく成長できるスペースを作ろうと心がけたこと。

「ぺたんこの靴をはいていた」ことから「ノースリーブを着ていた」ことまで、そのファッション全てがニュースになったこと。やがてそんな注目を上手に利用し、メッセージを伝える術を学んだこと。

尊敬するネルソン・マンデラに会えたこと。バッキンガム宮殿に招かれ、エリザベス女王とハグしたこと。「ハイヒールが窮屈ですよね」みたいな話で、女王と共感しあえたこと。


親として、配偶者として、あるいは一人の人間としての等身大の戸惑い、感動、悲しみや喜びがたくさん詰め込まれていて、「ホワイトハウス生活ってこんな感じなんだ!」と、発見の連続でした。


根底に流れる「黒人女性の人生」というテーマ

小さい頃の思い出や家庭環境、進学とキャリア、夫婦のすれ違いに子育て奮闘記と、人種や性別を問わず共感できるエピソードが満載の本書。

でもやはり、ミシェル・オバマの歩んできた道のりはそっくりそのまんま、白人社会や男性社会を生き抜いてきた黒人女性の物語であるわけで。

黒人女性」というテーマは、また時には生い立ちを語る上での背景として、時には主題として、繰り返し繰り返し立ち現れてきます。


そこにはもちろん、教科書で習うような奴隷制の名残差別の歴史も身近に影を落としています。


生まれ育ったシカゴ・サウスサイドでは、幼少期にはさまざまな人種の人が暮らしていたのに、小学校にあがった頃から白人を中心に郊外への転校が相次ぎ、大学を卒業する頃には住民の9割以上が黒人になっていたこと。

小学生の頃、ほぼ白人しかいない郊外の住宅街に家族で遊びにいったら、とめておいた車に大きく傷がつけられていたこと。

奴隷の孫である祖父は、「はかせ」とあだなされるような賢い子どもだったのに、貧しくて大学進学を諦めたこと。その後は電気技師になることを考えたものの、「黒人は労働組合に入れない」という制約のため道が閉ざされ、ボーリング場でピンをセットする仕事などでつないだのだとか。


「現実」と「希望」

でもひとつ強調しておきたいのは、「黒人女性の物語」というのは決して、「差別や抑圧の物語」なんかじゃないということ。

そこには、家族や祖先、そして地元に対する誇りがあり。

著名な黒人活動家だった友人の父が開催する政治集会より、モールでのショッピングに心ひかれる思春期があり。

ナイジェリアやジャマイカなど、米南部プランテーションとはまた違うルーツをもつ黒人の友人たちとの出会いがあり。

白人の有権者を前にして感じた、「この人たちの日々の暮らし方や悩みは、私や私の家族と似てるな」という気付きがあり。


白人社会、男社会に乗り込んでいった彼女はもちろん、荒波にもまれながら多くの壁を乗り越えていくわけですが、そこで語られる感情は、例えば「怒り」とか「悲しみ」みたいな単一のものではないんですよね。


「白人ばかりの環境に初めて身を置いた大学時代、そこに溶け込むにはエネルギーが必要で、黒人の友達とばかり固まって過ごした」みたいなマイノリティ心理

「ずっと自分のルーツとして思い描いていたアフリカに初めて降り立ったけど、自分はよそ者観光客にすぎなかった」みたいなアイデンティティの問題

物理的には隣り合わせなのに、心理的には高い壁で隔たれているシカゴ大学と周辺コミュニティをつなげる仕事に感じたやりがい

自分たちの一挙一動が「黒人」を代表するようにとられてしまうことへの緊張感

偉い人が集まる色んな場面で、自分が「数少ない黒人」や「数少ない黒人女性」だったことへの問題提起

地元シカゴ・サウスサイドで、ギャングの闘争にまきこまれて亡くなった黒人少女のお葬式で感じたやるせなさ

それでも、ファーストレディである自分がそこに行くことで、「世間の目を少しでも銃暴力の問題に向けられれば」という、自分の影響力への希望

9割がマイノリティというイギリスの女子校を訪問し、少女たちに感じた明るさ

銃による悲劇が相次ぐサウスサイド黒人地区の子どもたちに語った、教育の価値。「あななたちは大事なんだよ」というメッセージを発し続けることで、子どもたちは伸びるんだという信念

一方で現実を直視しつつも、もう一方で理想を描く、地に足がついた希望。自分自身サウスサイドの出身でありながら、自分を信じてくれる親や大人たちに恵まれ、教育をうけ、歴史に名を刻むまでとなった彼女だからこそ、その言葉には深い説得力があります。

簡単だとは言わない。運もある。のぼりつめたら万事オーライでハッピーエンドってわけじゃない。でも、それでも、社会は前に進んでるし、可能性は開かれているんだよ。  -  そんな力強いメッセージが、この本からは発せられています。



ミシェル・オバマの54年間

「キャリア」「家族」「選挙戦とホワイトハウス生活」「黒人女性のサクセスストーリー」「人種をめぐる、アメリカ社会の問題と希望」。

ここまで取り上げたのはそれぞれ、単体でも本が一冊できあがりそうな深いテーマなのですが、この本に含まれているのはそれだけじゃありません。


ミシェルを育てた両親の教育。思春期やファースト・キス。

負けず嫌いな性格ではねのけた壁。

プリンストンでのカルチャーショック。

バラク・オバマとのなれそめ。

人生観を変えた出会い。

父の病気。

軍人との交流。

ファースト・レディとしての実績。

などなど、などなど、などなど。


冒頭で紹介したとおり、読む人の立ち位置や人生のステージによって、心に響く場面が変化する、色んな読み方ができる本なんですよね。とにかく濃い。ここまで6000文字かけて語ってきたのに、まだ語りきれない、そのくらい濃い。

決して短い本ではないですが、お時間ある方、ぜひ手にとってみてください。そして、ミシェル・オバマが駆け抜けた54年間を、追体験してみてください。


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