アウトサイド ヒーローズ:エピソード5-09
ウェイク オブ フォーゴトン カイジュウ
旧文明末期、グレート・ビワ・レイクのほとりに築かれた遊興庭園都市、オゴト・ランド。単なる娯楽の町ではなく、来るべき危機に備えた二重の気密防壁を持つ、最新鋭のシェルター都市だった。
そして湖の水質を管理し、人々の生活圏を守るために、自律型ロボットが開発された。水動力エンジンによって水中を自在に泳ぎ回り、分子再構成システムと機能再演算プログラムによって自己再生と最適化を繰り返しながら半永久的に稼働し続ける巨大ロボだ。
“地元興し”として当時からブームになっていた“幻の怪獣”、ラージマウス・リヴァイアサンをイメージして造られた“メカ・リヴァイアサン”は、人々の戦争によって文明が滅び去り、かつての母港だったオゴト・ランドが海中に沈んだ後も、海と繋がったビワ・レイクを浄化し続けていた。
オゴト・ヘイヴンを守る防壁の一層目が崩壊して元の住民が町を放棄した後、住み着いたのは行き場をなくしたミュータントたちだった。メカ・リヴァイアサンは水質保全をする他、モンスター化した危険生物や、オーツ港からやって来る漁師達を追い払う、守り神のような存在だった。
しかし約半年前から、メカ怪獣を制御する役割を担う巨大サーバー“オベリスク”に異常が見られるようになった。それと共にメカ・リヴァイアサンも暴走を始める。無意味な遺跡の破壊、オゴト・ヘイヴンやオーツの船への襲撃……日が経つにつれて暴走は深刻化する一方、再演算により学習し続けることにより、メカ怪獣を捕獲することはますます困難になっていった。
捕まえようとしても逃げられる、ということは、裏を返せばいつでも追い返せる、ということだ。コウゾウらオゴトの住人達はメカ怪獣を疎ましく思いながらも、「自分達にはそこまで大きな被害は出ない」とタカをくくり、オーツの漁師達への被害を知りながら問題を放置してきた。……サーバーの管理人を除いて。
水中でしか暮らせない重篤ミュータントのハゴロモは、オーツで産まれた時から生死の境をさ迷った。今となっては事情はわからない。しかし何かの弾みで海に落ち、沈んでいく赤子を拾ったのはメカ・リヴァイアサンだった。“人命救助プロトコル”によってオゴト・ヘイヴンに運ばれた赤子はミツに育てられ、やがて外壁の外で暮らすようになる。
「『……私は、助けてくれたメカ・リヴァイアサンをサポートしたいと思い、よくわからないながらサーバー管理の真似事を始めました。これまではうまくいっていましたが、今回の異常はどうにもならず……それで、ひとまず使うことができた隠蔽コードを入力してメカ怪獣の姿を隠し、“オベリスク”を使ってSOS信号を出していたんです。……オーツ港の皆さんにご迷惑をおかけしていることは申し訳ありません。ですが……お願いします! メカ・リヴァイアサンを止めたいんです! 助けてください!』」
説明を聞き終えたレンジは、オゴト・ヘイヴンの船着き場にやって来た。地面に座り込んで空を見上げる。ドーム型の丸天井は真っ黒だった。後ろから近づく足音に、首を回して振り帰ると、やって来たのはアオだった。レンジの隣に座り、一緒に天井を見上げる。
「……月、見えませんね」
「町の明かりがあるからね。消灯時間になったら、うっすら光が見えるらしいよ。……子ども達はどうしてる?」
「アマネさんが、寝付くまで見ていてくれるって」
ニヤニヤしながら「頑張って!」と送り出されたことは黙っていることにした。
「それは良かった。アマネって、結構面倒見がいいんだな」
「あはは……」
アオは曖昧な表情で笑い、黒々とした海に目を向ける。
「まさか、レンジさんたちが探していた怪獣がロボットだったなんて、思いませんでした」
「ほんとになあ……。でも、怪獣の正体がわかってよかったよ。後はマダラが調べてくれるのを待つだけだな」
「兄さん、大丈夫かなぁ……」
アオは心配そうにぽつり、と言う。
「そうだな……今はあいつが頼りだから、うまくやってくれるといいけど」
レンジも海に目を向ける。人工的に起こされた海流によって水面は静かに揺れ、町の明かりを照り返していた。
オゴト・ヘイヴンで使われているという潜水服を借り受けたマダラは、全身装備でハゴロモの家の“勝手口”の前に立っていた。目の前にはモニター付きのインターフォンと、蓋つきの井戸のような扉がある。
ごくり、と唾をのむ。数回深呼吸をした後、震える指でボタンを押した。あっけなく鳴る呼び出し音に、脱力してため息をつく。
「『はーい、いらっしゃいませ』」
すぐに返事が返ってきて、画面がついた。
「『ありがとうございます、お待ちしてました! ……どうぞ、お入りください』」
「は、はい……っ!」
画面が消える。マダラが入り口の蓋を開けると、中は青黒い水で満たされている。
「この中に入るのか……」
縁に足をかけて中を覗き込むが、水の底は見えなかった。壁面に小さなはしごが掛けられているので、戻るときにはこれを使えばいい、ということか。
「行くか……」
はしごに手をかけ、一歩ずつゆっくりと降りる。足先に水が触れる感触に体が固まった。
「あっ」
それでも行かなきゃ、と思って動き出そうとした瞬間、足を踏み外す。マダラは頭が真っ白になり、そのまま水の中に落ちていった。
目をつぶる。やたら大きな水の音。全身を包む、恐ろしい水の感触。
マダラは体を固め、直立したたまま沈んでいく。
底に足がつく。息は苦しくない。潜水服があるから、当然だ。小さく柔らかいものが、硬直したマダラの手を不意に掴んだ。
「わっ!」
「『大丈夫ですか……? 本当に、水が苦手なんですね』」
事前に渡されていたインカムから、少女の声が聞こえてきた。目を開けるとハゴロモが浮かんでいる。奥にある扉から出てきて、マダラを待っていてくれたらしい。
「はは、お恥ずかしい……」
ハゴロモは頭中の目をにっこりと細めた。
「『いいえ! 無理をさせてしまい、申し訳ないです。……それでは、サーバーにお連れしますね』」
マダラも固い表情で微笑む。ハゴロモは泳いでいきかけたが、すぐに止まって振り返った。
「『……大丈夫です? 泳げますか?』」
「いや、あんまり……正直いって、足もすくんじゃって……」
ハゴロモは下半身のヒレをなびかせてマダラの隣にやって来ると、ヒレの生えた手で潜水服の手を握った。
「『それでは、一緒に行きましょう』」
「うっ、うん……!」
二人は並んで水没した家の中を通り抜け、外海に出た。町からの灯りに照らされ、水没した遺跡の街並みが静かに浮かび上がる。マダラは繋いだハゴロモの手に勇気をもらい、遺跡を見回した。
「ここに暮らしているんだ……あ、あれが?」
「『そうです。あれがオゴト・ヘイヴンとメカ・リヴァイアサンを管理するデータサーバー、“オベリスク”です』」
街の広場だったと思われる開けた土地に、黒曜石で出来たような太い柱が立っている。サーバーの内側には色とりどりの小さなランプが仕込まれ、うっすらと明滅を繰り返していた。
翌朝、メカヘッドとナカツガワからの一行は村役場のホールで食事を取ると、コウゾウとミツ、そして映像通話のハゴロモを加えて作戦会議を始めた。子どもたちも話を聞きたがっていたが、アオに連れられて部屋の外に出る。
扉が閉まったことを確かめて、メカヘッドは話し始めた。
「まずはマダラ君、昨日調べた結果を教えてくれるかい?」
マダラは画面の中のハゴロモに目配せしてから話し始める。
「はい。まずは通信障害についてです。サーバーから出されていた救難信号が古い周波数帯に出されていて、これがひどく干渉していたようです」
「なるほど。どうにかなりそうかい?」
「夜のうちに信号を停めているので、ひとまずはうまくいきました」
「手が早くて助かるよ。それじゃ、次は本題のメカ怪獣について報告を」
促されたマダラはメモを取りだし、画面の中のハゴロモを見た。
「ハゴロモさん、説明お願いできる? バックアップはするから」
「『はっ! はいっ! やってみます!』」
ハゴロモは手元の端末機を見ながら説明を始める。
「『ええと、ですね……昨日マダラさんと一緒に調べたところ、メカ・リヴァイアサンの基本的な制御システムが算出する数値と、再演算プログラムによって出された数値にズレがあることがわかりました。それによって生まれたバグが暴走の原因になったようです』」
メカヘッドも画面を見て、説明を終えたハゴロモに声をかける。
「なるほど。それでは、どうすれば止められますか?」
マダラはしゃべらずにハゴロモの説明を待っている。画面の中の少女は慌てて端末を見た。
「『えっと、えっと……機能を停めたり、電源を切るコマンドは受け付けなかったので、やはり直接メカ・リヴァイアサンを捕まえるしかないかと思います』」
「よくわかりました。ありがとうございました」
説明を終えたハゴロモが、マダラと微笑み合う。メカヘッドは両手をポン、と叩いた。
「俺も昨夜、コウゾウさんと一緒に用意できる艇や設備について確認していたところだ。今から作戦を立てよう。なるべく早く、できれば今日中にカタをつけてしまいたいからね」
実のところ、“作戦会議”はあっさりと終わった。作戦自体は至ってシンプルで、まず"オベリスク"から隠蔽コードを取り消す。姿を現して高速で暴れまわるメカ怪獣に、“緊急停止マーカー”を取り付けたモリを撃ち込むというものだ。
「けど、“再演算プログラム”がどれだけのことをするかわからない。マーカーが効かなくて、メカ怪獣が暴れ続ける可能性がある」
そうマダラが忠告したことで、二段構えの作戦を取ることになった。つまり、モリを持ってメカ・リヴァイアサンを狙う雷電と、その後で電磁ネットを展開し、メカ怪獣を囲い込むオゴト・ヘイヴンの漁民チームが編成されたのだった。
早めの昼食を終えたレンジは、オゴトの港にやって来た。漁師たちは既に、各自の潜水艇に乗り込んでいる。
レンジは深呼吸すると、変身ベルト“ライトニングドライバー”を腰に巻き付けた。左手には、メタリックブルーの丸盾。
「よし……!」
「『ちょっと待った!』」
インカム越しの大きな声が耳に突き刺さり、レンジは危うく“ゲートバックラー”を取り落としかけた。
「あー、びっくりした! 何だよマダラ?」
レンジの愛車、黒い大型バイクが、自動操縦で港に走り込んでくる。
「『レンジ、バイクに乗って変身するんだ!』」
「海で何の役に立つんだ? ……お前のことだから、何か仕込んでるんだろうけどな」
ぶつくさと文句を言いながら、レンジはバイクに跨がった。
「これでいいな……いくぞ」
バックルについたレバーに拳を叩きつけて下げ、次に打ち上げて、再び叩き下ろす。
「“重装変身”!」
「『OK! Generate-Gear, setting up!』」
ベルトの合成音声が応えて叫び、サーフ・ギターの響きとベースのリズムが流れ出した。海水がレンジとバイクに、渦を巻いてまとわりつく。
「『Equipment!』」
水流が左手の丸盾に吸い込まれ、音楽がとまると、レンジとバイクはメタリックブルーの装甲に包まれていた。タイヤの左右には、水中ジェットが並んでいる。
「『“WATER-POWER form, starting up!”』」
ベルトが叫ぶと、ヒーローとバイクの装甲にラインが走り、銀から金にグラデーションして輝いた。マダラが大喜びで声をあげる。
「『やった! 成功だ!』」
「マダラ、このバイクは一体何だ?」
「『これは水中で走り回るための新しい姿、“スプラッシュパフィン”だ。丸っこいデザインだけど、凄いスピードとパワーが出せるんだぞ! ……オリジナルのドラマでは出番が少なかったからCGモデリングだったけど、実機でやっちゃったんだ! 凄いだろ!』」
自信満々に話すマダラに、雷電はため息をつく。
「また勝手に改造したな……。まあいいけど」
「『……雷電、準備はできてるか?』」
今度はメカヘッドの声が、インカムから飛んでくる。
「はい。雷電、いつでも行けます!」
「『よろしい。サーバー前のマダラ君とハゴロモ君は?』」
メカヘッドが尋ねた通り、潜水服姿のマダラはハゴロモと一緒に水中で待機しているのだった。レンジは「愛の力か?」と冷やかそうかと思ったが、やめておいた。
「『こっちも、いつでも大丈夫です。雷電からの映像も、問題ないです』」
「『よろしい。こちら指令室のメカヘッドも、映像がよく見えている。……ハゴロモ君、マダラ君が根をあげたらバックアップを頼むぞ?』」
いたずらっぽくメカヘッドが言うと、ハゴロモはくすりと笑った。
「『はい!』」
「『おい、おい……これじゃ、カッコ悪いところは見せられないな』」
「『ははは、その意気だ。……雷電、聞こえてる通り、オペレーターも問題ない。後は、そちらのタイミングで出てくれていい』」
「わかりました!」
雷電は装甲バイクのハンドルに手をかけた。
エンジンをふかす。いつも通りの音と振動。雷電は顔を上げて、隔壁に切り取られた海を見た。
「よし……行くぞ!」
走り出したバイクは加速しながら、真っ直ぐ海の中に飛び込んでいった。
(続)
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