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アウトサイド ヒーローズ;エピソード14-5

ティアーズ オブ フェイスレス キラー

 保安局の会議室を作業部屋に宛がわれたメカヘッドとマダラは、それぞれ端末機と向かい合っていた。室内にキーボードを叩く音が響く。

「……あーあ!」

 メカヘッドが顔を上げると、大儀そうな呻き声をあげて上背を伸ばした。

「ずーっと同じ姿勢だと、体が固まってきていかんなあ!」

 そう言いながら首を回し、肩を回し、腰をひねる。視線の先には、すっかり真っ暗になった窓があった。

「おいおい、もう真っ暗じゃないか!」

「まだ、調べ始めてから3時間も経ってないですよ」

「えっ」

 長時間座ったままで作業するのには慣れっこのマダラは、相変わらず端末機と向かい合いながら、こともなげに答える。メカヘッドも自分の端末機に視線を戻し、画面の隅に小さく表示された時刻を確かめた。

「本当だ……」

「地下ですからね、太陽が真上を通り過ぎたら、一気に暗くなるんでしょう」

「なるほどね。俺だったら毎日これじゃあ、気が滅入りそうになるが……」

 そう言いながら、メカヘッドは再び窓の外を見やった。大穴の断崖に張り付くように作られた街にはオレンジ色の街灯が点き、家々の灯りが闇夜の星のように輝いている。

「外から来るモンスターから身を守ろうとしたら、これぐらいしなきゃダメなんじゃないですかねえ」

「そうか、そうだよなあ。そう考えると、どこも苦労は変わらないってことか……」

 マダラも顔を上げる。二人はしばらくの間、穴底に煌めくナゴヤ・セントラル・サイトの街をぼんやりと眺めていた。

「……いかん、いかん」

 我に返ったメカヘッドが、機械部品に覆われた自らの頭をポンポンと叩く。

「マダラ君、気分転換がてら情報交換といこう」

「いいですよ。オレも、どーにも行き詰っていたところだったんで……」

 そう言いながら立ち上がると、マダラはコスギ室長が残していったホワイトボードを見やった。

「えーっと、連続殺人事件の、最初の被害者……自治政府の執政官の、秘書の人ですね」

 マダラはホワイトボードの左端に貼られた写真をさしながら話し始める。写っていたのはまだ30代中ほどくらいだろう、いかにもカレッジの体育会上がりだという印象の筋肉質な男性が、白い歯をむき出して笑っていた。

「正確に言えば第4秘書、だね。いくら執政官のお付きとはいえ、そこまで地位が高いわけじゃない。……おっと、失礼」

 話の腰を折りかけたメカヘッドが謝ると、マダラは「大丈夫ですよ」と返して話を続ける。

「なので、この時点ではそこまでのオオゴトだと思われていなかったわけですね」

 メカヘッドもホワイトボードの前にやって来ると、被害者の顔写真の下に書かれた“刺殺”の文字を指さした。

「執政官の関係者が刺し殺された、っていうのは、なかなかのオオゴトだと思うんだけれども」

 マダラは呆れたように首をすくめた。

「それが、この人は女性関係で過去にトラブってましてね。その当時も複数の女性と関係を持っていて、何度も修羅場になっていた……まあ、要するに、“そのうち刺される”って言われるようなタイプの人だったわけです」

「なるほどね。それでホントに刺されちまった、と……けど、こんなガタイのいい奴を刺し殺すってのは、そんなに簡単じゃないだろうと思うんだけど」

「はい。それも、心臓をひと突きだったそうで。事件が起きたと思われる時間に、現場から走り去っていく血まみれの女性の姿が目撃されています。恐らく犯人だろう、と保安局は見なしていますが、それ以上の手がかりはなく……」

「犯人は消え去った、と。なるほどね。政府高官の関係者が関係を持った女性の中に、よっぽど手練れの殺し屋がいて、ガイシャはその恨みを買った、と……そんなことってあるか?」

 話しながら頭を抱えていたメカヘッドは、首を左右に振った。

「わからない! 仕方ない、次に行こう……二つ目の事件については、どうだい?」

「二人目の被害者は、保安局企業監査課の男性です。こちらの人はキャリアも長く、部署の中ではナンバーツーの地位にいたそうです」

 二枚目の写真に写っていたのは、50がらみの脂ぎった顔をした男だった。写真の下に書かれた死因は……

「この、“転落死”というのは?」

「ナゴヤ・セントラル一番の盛り場……“ステーション”の大穴に沿った地下回廊で見つかったそうです。頭蓋骨が砕けて顔面が崩れ、はじめは誰だかわからなかったとか。持っていたIDカードで身分確認ができたそうです」

 メカヘッドは説明を聞きながら、自らのあご……機械頭の下端に手を添えて「ふーむ」とうなる。

「悲惨な死に方だけど、事故死だってセンはないのかい?」

「多分、ないですね。検視報告には、死体の首に締め上げた痕が残っていたということです。絞め殺されたか、締め落とされた状態で地下回廊の上層から突き落とされたんじゃないか、と」

 マダラは端末機に戻って、検視報告の画像を拡大表示した。遺体の首に、くっきりと残った黒い筋が大写しになる。

「ありがとう、よくわかったよ。この事件の重要参考人は、どうなっていたっけ?」

「やっぱり女性がらみですね。被害者は市内の飲食店に勤めていた女性に入れ込んでいたそうで、事件の数日前にも女性を連れて、“ステーション”周辺の盛り場に出入りしていたという証言が残っています」

「そうか。それで、その女性は? やっぱり消えたって?」

「ええ。事件の直後に店を辞めて、その後の足取りは掴めなくなっているそうで」

「コスギ室長が言っていた通り、ということだね。やれやれ……次のガイシャは?」

「次は、自治政府の運輸管理局……運送業や交通機関の管理をする部署の次長さんですね。この人は死体が見つかったわけではないのですが、行方が分からなくなっていて……最後に職場に出てきたのが、2つ目と4つ目の事件の間くらいだったそうで」

 ホワイトボードに貼られていたのはやや神経質ともとれるような、生真面目な顔立ちの痩せた男性の写真だった。年頃は50代半ば、といったところか。
 写真の下に書かれた“行方不明”の文字を見ながら、メカヘッドは「うん……?」と息を漏らして首をかしげる。

「ホトケが上がってない、ってことは、それだけでコロシのセンが弱くなるってことだが……他に、不自然なことでも?」

「この人、仕事一本のクソ真面目な堅物だと周囲から評判だったそうで。ただ、長年連れ添った奥さんを数年前に亡くして、この数年はあまり元気がなかったとか」

「それだけ聞くと、精神的に限界に来て、蒸発してもおかしくなさそうだけどなあ」

「それが、行方不明になる数か月前から女性と交際を始めていたそうです。失踪した時には、最近随分明るくなったね、と職場でも評判になっていた頃だとか」

「女性、女性ねえ……まあ、その女性が怪しいものだけど。先の事件の重要参考人との共通点はありそうかい?」

 メカヘッドの質問に、マダラは頬に手を当ててメモをめくった。

「うーん、被害者はその女性のことは知り合いにも話していなかったそうですけど。実際に見た人の証言によると、年齢は40代中ごろから、50にいかないくらい。どちらかと言えば派手というよりは地味、というか家庭的な雰囲気の人だったそうです」

「いわゆる“商売”の人じゃなかった、ってことね。それで、その人は……」

「男性が消えると同時に消えてしまった、と」

「やっぱり、そうかあ。先の事件との関係性は、被害者が自治政府の関係者であることと、事件に身元不明の女性が関わっていること……それしかない。けど、どうにも引っかかるんだよなあ」

 大いに困惑がこめられたメカヘッドのぼやきを聞きながら、マダラはメモを更に手繰った。

「この後に続く事件も、似たようなものですよ。……次の被害者は再生資源取引組合っていう、自治政府の外郭団体に勤める職員。最近、マッチングサービスを使って恋人探しを始めたところだったとか、なんとか。その後は自治政府の高等税務官と法務官、どちらも夜遊びが趣味で、政府上層部では有名な遊び人だったそうです。最後は西部地区の正保安官。この人は死後、自宅を捜査すると大量の未成年者買春の証拠物件が見つかったそうで、別の意味で話題になったそうです」

 マダラの話を聞き、メカヘッドは呆れたように「はーん……」と声を漏らして、5人目、6人目、7人目の被害者の顔写真をしげしげと眺めた。

「なるほどね。それで政府の高官と保安官が立て続けに殺されて、自治政府としてはなりふり構っていられなくなったわけだ。連続殺人事件にスキャンダルの暴露までくっつけば、そりゃあメンツなんて丸つぶれだよなあ……」

「メカヘッド先輩の方はどうです?」

「俺? 俺はそんなヘマしないよ。やるとしたら、全部ひっくり返す勢いでやるから」

 ヘラヘラしながらとんでもない事を言い出す機械頭の不良刑事。マダラは「この人ならやりかねないな……」と内心思いながらも、うんざりしたようにため息をついた。

「そうじゃないです。わざと言ってるでしょう」

「へへへ、すまないな。俺の方の進捗は、ええと……」

 メカヘッドは使っていた端末機の前に戻ると、中腰の姿勢で画面に目を走らせた。

「ああ、そうそう。コスギ室長が話をしていた“マスカレード”についてだな。調べたところ、非合法取引シンジケート……“ブラフマー”の始末屋みたいな事をしている、ナゴヤの裏社会じゃ有名な殺し屋らしい」

 カネさえ払えば相手を選ばず、手口も選ばず確実に葬り去る殺し屋。その依頼は“ブラフマー”の窓口を通してのみおこなわれ、殺し屋自身の姿を見た者はいないという。

「年齢も経歴も、正体も不明だけど、殺しの手口には共通点がある。それは、殺される前、ターゲットの周辺に女性が現れること。その女性が“マスカレード”自身かどうかはわからない、けど、ターゲットが女性関係の問題やトラブルに絡めとられたところで、マスカレードが手を下す……」

「確かに、今回の事件と状況はよく似ていますね」

 裏社会に突如現れて、数年のうちに様々な企業間紛争の大立者たちを血祭りにあげたことで、“マスカレード”は瞬く間に“企業戦争の死神”と恐れられた。そして殺しと共にスキャンダルをばら撒くことで被害者の社会的地位も抹殺するという恐ろしい手口から、保安局はある種の“アンタッチャブル”として敬遠し、また、自治政府の方針にも強い影響力と圧力を持つ企業たちを抑える存在として勝手に期待していた面もあった……

「そう。それで、今回の犯人がその“マスカレード”だとしたら、ある種自業自得とも言えるわけだ。見て見ぬふりをしてきた結果、暗殺者の暴走を招いたんだからね」

「でも、どうするんです、犯人が“マスカレード”だとして」

 マダラはグレーに塗りつぶされた中に“クエスチョンマーク”がでかでかと印刷された画像をホワイトボードから外して、メカヘッドに向けて突き出した。

「こんな正体不明の相手を、どうやって捕まえればいいんです?」


 暗く陰鬱な安宿通りの一角、見るからにみすぼらしい店構えの宿に入ると、煌めくような世界が広がっていた。
 宿の一室は降りしきる水晶の雨のようなシャンデリアに照らされている。壁には磨き上げられた黒と赤のセラミック・タイルが敷き詰められ、床に敷き詰められた鮮やかな緑色のタタミ・マットレスと、どぎついコントラストをなしていた。とってつけたように設けられた朱塗りのトコノマ・ブースには、古代文明様式を再現したカケジク・タペストリが架けられている。
 そして部屋の一角には、ぎらりと輝く金色の湯舟が設えられていた。

「ふんふーん、ふふふーん……」

 街に延々と流れ続けるコマーシャル・ソングの一節をけだるげにハミングしながら、赤いドレスの女が湯舟に湯を注いでいる。

「……よし」

 6分目まで湯を張ると、女は振り返って室内を見やった。

「準備できたわよ、子豚ちゃん……あら!」

 緑色のタタミ・マットレスの上に、下着姿の男が跪いている。両手に手錠をかけ、アイマスクで視界を覆った男は、頬を紅色に染めながら小刻みに震えていた。

「あら! あら! なんて無様な恰好なんでしょう! 部下の方々が見たら、どう思うでしょうねぇ! ……それとも貴方、このままお家にお帰りになります? 奥様と娘さんにも、貴方の本当の姿を見ていただきましょうか?」

「ふう……ふう……それは……あああ、そんなことしたら!」

「あらあら、こんな恥ずかしい姿を見せたくて仕方ないのね? でも、そんなことしてしまったら、何もかも終わりだものねぇ~?」

「はい! はい、そうなんです! 私は恥ずかしい姿を家族や部下に見せたくて仕方ない、変態のブタなんですう! ……むぎゅうう!」

 興奮しきって大きな声をあげかけた男の頭を、女の柔らかな足が容赦なく踏みつけた。

「存じ上げておりますわ、おじ様。……でも、今はもう人間じゃないでしょう。私からの質問に答える以外、人の言葉を話して、いいと思っているの?」

 自らの足裏をわざと頬にすりつけるようにしながら、女は男の頭を踏みにじる。

「だめですう……ぎゅううう!」

「貴方はブタよ! みじめったらしく鳴きなさい、ほら!」

「ぶひ、ぶひっ! ぶう、ぶう!」

「あはは! 無様で可愛いわよ、豚さん!」

 男が必死で鳴き声をあげるのを見て、女は楽しそうに笑いながら足を上げた。そして男の両手にかけられた手錠の鎖を無造作に引っ張って、男を立ち上がらせる。

「今日はね、そんな無様でみっともなくてかわいい豚さんに、ご・ほ・う・び、を用意したのよ」

「ごごご、御褒美? ……あいだだだだ!」

 思わず声をあげた男の脇腹を、赤いドレスの女はイヤというほど抓りあげた。

「鳴きなさい、ぶ・た」

 囁くように告げると、男は目隠しをつけたまま直立姿勢で畏まった。

「ぶっひいいい!」

「うふふ、いい子ね。さあ、こっち……」

 女は先ほどと打って変わって優しい手つきで男の腰を取り、部屋の隅に誘導していく。柔らかい湯気が立ち昇る湯舟の前まで連れていくと、女は両手を離した。

「はい、ストップ」

「ぶ、ぶひ……?」

 両手を拘束し、視界を塞がれたままの男は不安そうに周囲の気配を窺っている。

「うふふ。いい子、いい子。それじゃあ……」

 女はねっとりとした声で告げると、湯舟の陰に仕込んでいた陶製の花瓶を手に取った。両目の中を走っていた光の筋が激しくうねる。……彼女にインストールされたサイバーウェアの一つ、“筋力強化プログラム”が起動したのだった。

「御褒美を、あげるわね……!」

 両手で花瓶を振りかぶると、拘束された男の後頭部に打ち付けた。

「ぶっ!」

 突然の衝撃に動転した男は血みどろの頭を掴まれて、そのまま湯舟の中に押し込まれた。

「ごぼぼ、ごぼ、ぼぼぼぼ……!」

 必死にもがく男。赤いドレスの女主人はサイバーウェアを頼りに押さえつけ続ける。男の抵抗はやがて弱まり……ついに四肢をぐったりとぶら下げて、そのまま動かなくなった。

「ふう、ふう、ふう……!」

 女は激しく息をつきながら、自ら手をかけたばかりの男から離れた。

 亡骸には目もくれずに宿の外に飛び出す。赤いドレスを翻して、女はナゴヤ・セントラル・サイトの暗闇の中へと消えていった。

(続)

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