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アウトサイド ヒーローズ:パラレルライン 2

クリムゾン ウィドウ

Chapter:2

"Cyber Rai-Den", or memory-less automaton


 銀色のオートマトンは戸惑ったような、実に人間らしい仕草で周囲を見回した。

「“サイバー雷電、緊急起動しました”……だ、そうですが、メカヘッド先輩、これはどういうことです?」

 メカヘッドは「お手上げ」と言わんばかりに両手を上げる。

「どうもこうも、俺だって知らないよ! 何、お前そんな機能あったの?」

「いや、俺もよく分かってないんですけど、歌? が聞こえたら、体が勝手に……」

 サイバー雷電がカメラ・アイを向けた先に、赤毛の娘が立っていた。大きく見開いた灰茶色の瞳と、黄色く光るアイ・センサーがぶつかり合う。

「あなたは……!」

 自然な発話とはいえ、人工の合成音に過ぎない声に、しかし娘は確信してオートマトンに詰め寄った。

「レンジ君っ……!」

 娘に呼びかけられ、機械義体のセンサーライトが揺らめく炎のように明滅する。

 サイバー雷電は娘から背を向けた。

「……知らん名前だ」

「そんな……レンジ君!」

 離れていく雷電を追いかけようとする娘の前に、メカヘッドが立ち塞がる。

「……どうする? お前さんのことは知らないみたいだが」

「そんなはずはない、絶対に!」

 娘は鋭い目で機械頭を睨みつけた。

「だとよ?」

「……悪いが、覚えがありません。……これ以上、係わり合いにならない方がいい」

 雷電はそう言い捨てるなり、さっさと廃工場に入っていく。

「待って!」

 追いかけようとした娘は腕をメカヘッドに掴まれかけ、大きく振り払って後ずさった。

「お前さんにも色々あるようだがな、ここから先は立ち入り禁止なんだ。……もうじき増援も来る。まずはタチバナ先輩ともども、署までご同行願いましょうか。オフレコ案件をこれだけ見られると、こっちとしても都合が悪くてね……」

 娘とメカヘッドが睨み合う。白衣の研究員たちは腰がひけているようだが、それでも廃工場への入り口を塞ぎ、タチバナと娘を半円形に取り囲んでいた。

 赤毛の娘は舌打ちすると、ジャケットの胸元に右手を這わせる。

「ここまでか……」

 娘を警戒していたタチバナは、ジャケットに突っ込んだ右手が抜き出される前に動き出していた。素早く周囲を見回し、短く叫ぶ。

「“やれ”!」

 すると近くに控えていたであろう白いバンが、エンジンをふかせながら猛然と突っ込んできた。赤毛の娘は固まり、白衣たちが驚いて散らばった。

 “山の下に白の字”の屋号紋が描かれたスライドドアが開くなり、乗っていた青い肌の女性が大きな麻袋を放り投げた。破れた袋から、白い煙がもうもうと立ち上がる。

「貴重な白い粉をプレゼントだ! ……おやっさん、早く乗って!」

 運転席から鋭く叫ぶ声があがる。青い肌にオレンジ色のまだら模様が入った女性が大きな両手を差しのべた。

「さあ……!」

 左右の手がタチバナと娘を掴むと、ひょいと持ち上げて車内に引き込む。ドアが閉まると、バンはあっという間に走り去った。

「やられた、さすがはタチバナ先輩だな……」

「どうします? 追跡と薬物検査を……」

 白衣の男たちはオロオロしていたが、メカヘッドはため息をついて首を横に振った。

「やめとけ。タチバナ先輩……保安官なら、徒に騒ぎを大きくすることはない。どうせ俺たちだって、ヤバイ橋を渡ってるしな。それに……」

 服に降りかかった白い粉を指ですくうと、機械頭下側のハッチを開いて指を突っ込んだ。

「係長!」

 すぐにハッチを閉じ、メカヘッドはゆっくりと、皆の視線を集めるために手を上げる。

「……騒ぐことはない。小麦粉だよ。しかし先輩のところのブツならミールジェネレータで作ったんじゃない、マジもんの小麦を使ったオーガニックだぞ、これは! 欲しいやつらは山分けだ、ケンカすんなよ」

 屋号紋が貼られた白いバンが数ブロック走ると、タチバナが運転席に声をかけた。

「……もう大丈夫だろう、マダラ、停めてくれ」

 ハンドルを握っていたオレンジ色の肌の男は道端に車を停めて振り返り、青色のぶち模様が入ったカエル頭を向ける。

「おやっさん、ここで大丈夫?」

「構わんよ。奴らも言ってただろう、人に見せられない物があるって。わざわざ追ってきて、騒ぎを起こすようなマネはしないさ。それに……」

 タチバナは視線を後部座席に向けた。赤毛の娘は奥のシートにどかりと陣取り、懐に手を入れたまま車中の皆を睨みつけていた。

「このままずっとお乗り頂いているわけにもいかんからな」

「……あの場を助けてくれたことはありがとう。でも、私は行かなきゃいけないの」

 立ち上がった娘に向けて、タチバナが手のひらを出して制した。

「待て」

 赤毛の娘は突き刺すような視線をタチバナに向ける。

「何、諦めろって言うの?」

「まさか、そんなことは言うつもりはない。今すぐはやめた方がいいと思うがな。……それより、その右手のブツはやめておけ」

 娘は全身を強ばらせながらも右手を懐に入れたままだった。

「この町じゃ市街地に武器を持ち込むのが禁止されていることは知ってるだろう。軍警察に睨まれてるんだ、『捕まえてくれ』って言ってるようなもんさ」

「……うるさい!」

 娘は銃を握った右手を懐から抜き出したが、構える前に手から弾け飛んだ。タチバナがポケットに入れていた小銭を取り出し、指で弾き飛ばして拳銃を射ぬいたのだった。

「あっ!」

「アオ、捕まえておけ」

「はい」

 青い肌で長身の娘が、大きな両手で赤毛の娘を捕らえた。

「ああ、くそ! 離せ! ……動かない!」

「ごめんなさい……!」

 赤毛の娘はもがくが、アオと呼ばれた娘の両手はコンクリートで固められたかのようにびくともしない。

「とにかく、今すぐ、武器を持って突っ込むってことはやめておけ。ムダだ」

「じゃあ、どうすればいい? どうすればあの人を、取り戻せるっていうの……!」

 捕まったまま娘が吼える。

「それは……」

 タチバナが答えに困って言い淀んだ時、バンの扉を外から小さくつつく音がした。

「何だ?」

 黒いドレスを纏ったミュータントの女性が、にこやかに手を振っている。

「おやっさん、どうします?」

 マダラと呼ばれたカエル男から尋ねられ、タチバナは「うーむ」と唸った。

「……窓を開けてくれ」

 窓を半分ほど開けると、ドレスの女性は車内を覗きこんだ。赤毛の娘と目が合うと、嬉しそうな笑顔を浮かべる。

「……あっ、やっぱり! 久しぶりね、ことりちゃん」

「チドリ姉さん……!」

「お知り合いの方ですか。すいません、ご覧の通り、立て込んでまして……」

 タチバナの言葉に、チドリと呼ばれた女性は手を小さく振った。

「いえ、いえ! お気になさらず! ……私の方こそごめんなさい、メカヘッドさんと話をしていた時から、ずっと後を追いかけていたの。……もし良かったら、私のお店にいらして? ちょっとしたものをお出しできるわ。それに、私もことりちゃんの話を聞かせてもらいたいし、ね」

 車内の者たちは目を丸くして、にこやかなミュータントの美女を見ていた。


 助手席についたチドリの案内でバンが向かったのは、カガミハラ市街地第4地区、繁華街エリアだった。赤毛のライダースーツ娘……ことりは相変わらず猛禽のような鋭い目付きだったが、すっかり大人しくなってシートに腰かけている。

 白いバンは路地に入ると、上品なレンガ造りの店の前に停まった。

「さあ、ここよ。ようこそ、“止まり木”へ……」

 “Mutant Bar 止まり木”と彫られた金属製のプレートが打ち付けられ、“CLOSED”の札が掛けられた扉を開くと、ドアベルが乾いた音を立てる。

「ただいま」

 チドリが店に入ると、他の者たちも後に続いた。店内にいたミュータントの女給たちが一斉に振り向いて入り口を見る。

「ママ、お帰りなさい!」

「お帰りなさい! そちらの皆さんは……?」

 チドリは笑顔で部下たちに応えた。

「私のお客様なの。ごめんなさい、急に連れて来てしまって……。VIPルームを使うから、よろしくお願いね」


 一行は店の奥に繋がる廊下の先、透かし彫りで飾られた調度のVIPルームに通された。テーブルにはオードブルがずらりと並べられている。「ミールジェネレータで作ったものですけど……」とチドリが笑う。

 マダラはさっさとフライド・ポテトをつまんで口に入れていた。

「兄さん……!」

 アオが肘で小さく小突く。

「いいだろ……」

「もう……!」

 チドリは兄妹のやりとりをニコニコしながら見ている。タチバナはばつが悪そうに頭をかいた。

「チドリさん、色々ありがとうございます、頂いてます。……メカヘッドとお知り合いのようですが?」

「メカヘッドさんは常連のお客様なんです。最近は忙しいみたいで、お会いしてなかったんですけど」

 チドリはにこやかに答える。

「その、よく分かっていないので教えて頂きたいのですが……」

「はい、タチバナさん、構いませんよ」

「では……チドリさんと“ことり”さんは、どういったご関係ですか?」

 ことりは部屋の隅に突っ立って、口をきゅっと結んでいる。目元には相変わらず険があったが皆を睨みつけるというより、チドリの言動を気にしている風でチラチラと動いていた。

 チドリも赤毛の娘を気遣って見やる。視線がぶつかると、ことりは慌ててそっぽを向いた。

「……ふふっ」

「どうかしましたか?」

 チドリは嬉しそうにクスクスと笑っている。

「いえ、初めて『歌を教えてほしい』と頼んできた時と同じだったから、つい、おかしくって……」

「チドリ姉さん!」

 真っ赤になったことりが声を上げる。表情は随分と和らいだようだった。

「ごめんなさいねことりちゃん。……ええと、改めて自己紹介しますね。私はチドリ、このミュータント・バー“止まり木”のママをしています。ことりちゃんとは……そうね、昔、同じ店で働いていて、歌を教えて……家族というか、姉妹のような感じかしら」

「チドリ姉さん……」

 目を潤ませることりに、チドリは優しく微笑んだ。

「しばらく聴かない間に、ますます上手になったわね。私も負けていられないわ! ……ところで、どうしてカガミハラに? オーサカの都市放送で、メジャーデビューするんじゃなかったかしら? それに、あなたが手紙に書いていた、大好きな“彼”は……?」

「それは……」

 ことりは部屋を見回し、タチバナやマダラ・アオ兄妹に鋭い視線を向けた。怒りではなく、警戒し、怯えるような色が混ざっていた。タチバナが頭をかく。

「あー……っと、俺たちは席を外そうか?」

「……いや、いい。皆に世話になったのは事実だし。一緒に話を聞いて、それで……助けてほしいの。お願いします」

 ことりは頭を下げる。

「まあ、まあ、頭を上げてくれ。俺たちも話の全体像がよくわかってないんだ。まずはお前さんの知っていることを教えてくれないか」

「わかった。まずは……」

 タチバナの言葉にことりは頭を上げ、一つ一つの景色を思い出すように話し始めた。


 話を聞いていたアオは、自らの頭ほどもある握りこぶしをきつく結んでうつむいた。

「そんなの……! ひどいよ、ことりさんもレンジさんも、かわいそう!」

「遺体を使ったオートマトン……死んだ人の脳味噌が、元の人格を再現した……のか? そんなことが起きるのかな……?」

 マダラはブツブツ言いながら、皿に山盛りになったフライド・ビーンズをつまんでいる。タチバナは空になったアイス・コーヒーのグラスを置いた。

「あいつ……メカヘッドがオートマトン開発計画をストップできなかったのは、オートマトンが人格を持ったから、なんだろう。あれは性格は悪いが、面倒見がよくて抱え込む奴だからな……しかしことりさん」

「“ことり”で結構です」

 遠慮の残る調子で声をかけたタチバナに、ことりはピシャリと返した。

「おう……じゃあ、ことり、あのオートマトンがお前さんの言うレンジという男だとして、あいつはお前さんのことを知らない、これ以上関わってくれるな……と、そこまで言ったんだぞ? それでも、あれを」

「取り返す」

 赤毛の娘は決断的に答えた。

「私の歌に反応したんだから、絶対、私のことを憶えているはず。もし、本当に知らないんだったら、直接会って思い出させてみせる。絶対に!」

「おいおい……」

 タチバナは呆れ声だが、チドリは力強く頷いた。

「そうよね、これじゃあ、納得できないものね。……ふふふ、絶対に諦めない、その感じ……タカツキにいた頃と変わらなくて、安心したわ」

「昔からこんななのか、お前さん……」

 ますます呆れたタチバナに、ことりが鋭い視線を向ける。

「何?」

「いや何も……さて、それじゃあ、これからの作戦を練るとしようか」

「協力、してくれるの……?」

 ハッとした赤毛の娘の手を、アオの大きな両手が包み込んだ。

「もちろんですよ! 絶対に、レンジさんを連れて帰りましょう!」

 オードブルを食べ終えたマダラは腕を組む。

「……うん、俺も手伝うよ。人間らしく動く、人格を持ったオートマトンってのが気になるし」

「兄さん、レンジさんを実験台にするのは許さないからね!」

 オレンジ色と青色の兄妹のやり取りに、タチバナは苦笑いした。

「ははは……まあ、俺たちはお前さんに協力するつもりでいる、ってことだ」

 チドリがことりの肩に、そっと手を置いた。

「よかったわね、ことりちゃん! もちろん、私もできる限り協力するわ」

「ありがとう、チドリ姉さんも。……よし、それじゃあ」

「おっと、動き出すのは、まだ先だ」

 再び目に強い光を宿したことりを、タチバナが制する。

「何で!」

「さっきも言ったろう、お前さんは確実にマークされてるからな、今ウロチョロするのは悪手だ。それに向こうも警戒しているだろう。すぐには動き出さないだろうな」

 納得いかない風で、ことりは口を「へ」の字に曲げる。

「むう……」 

「それに、カガミハラの中じゃ普通の武器は使えないんだぞ」

「ぐっ……それは……」

 言葉に詰まったことりは、しばらく唸った後で悔しそうにため息をついた。

「……どうしたらいい?」 

「そうだな……マダラ、何かないか?」

 オレンジ色のカエル男はタチバナに話を振られて首をすくめる。

「何だよ、人を便利屋みたいに……まあ、あるけど」

「あるの?」

 飛びつかんばかりのことりに、マダラはへどもどして後ずさった。

「すぐには出せないよ! ここにはないし、君に合わせて調整が必要だからね」

「さすがはマダラ、凄腕メカニックだな!」

「おやっさん、調子いいよなあ……」

 白い目を向けてくるマダラも気にせず、タチバナはポン、と両手を叩いた。

「それじゃあ決まりだな。マダラの発明品とやらを試す、メカヘッドが動くのを待つ……どっちにせよ、ことり、お前さんは一度、うちに来い」

「それは構わないし、ありがたい話だけど……それって、一体どこ?」

「ああ、言ってなかったな。俺たちの町はナカツガワ・コロニー。このナカツガワから更に東に行った先にある、ミュータントだけが暮らす町だ」



 鳥のつがいが、穏やかな声で鳴き交わしながら飛んでいく。統一感のない街並みの中央につくられた広場に、温かい春の陽が射しこんでいる。

 小さな広場には木製のテーブルが数台並べられ、その上には空き缶や廃材、更には“モンスター”と渾名される変異動物のおどろおどろしい頭骨などがずらりと並べられていた。

 雑然としたオブジェに鋭い視線を向けるのは、ライダージャケット姿のことりだった。薄手のグローブを纏った指をしなやかにくねらせ、曲げ伸ばししながら息 ことりは振り向かずにタチバナに告げた。

「では……はじめ!」

 短く告げる声を聞くや、ことりが動き出した。

 腰のポーチからリベット弾を掴みとって握り、右手で一つずつ繰り出しながら、次々に撃ち出していく。

 空き缶は軽く吹き飛び、廃材は数発のリベット弾を受けて砕け散り、野獣の頭蓋は蜂の巣になった。

「……ふう」

 全弾を撃ち尽くして、ことりが一息つく。

「やった!」

「すごーい!」

「……ありがと」

 試し撃ちを見守っていた犬耳の少年と鱗肌の少女が声をあげ、ことりは小さく微笑んだ。

「『お疲れ様ことり、“パワーグローブ”の調子はどう? 違和感とか、痛みとかはある?』」

 ドローンのスピーカーから、マダラの声が呼び掛けた。

「……いや、大丈夫。問題ない」

「『オッケー、動作テストは成功だよ』」

「マダラもドローンを使ったオペレーション、うまく行きそうだな」

 タチバナがドローンに話しかける。

「『うん、よく見えてる。実戦はインカムの通話になるけど、大丈夫そうかな?』」

「大丈夫。これならいける……!」

 ことりはグローブを纏った手を見つめ、きゅっと握りしめた。

「『弾は用意したやつじゃなくてもいいよ。小銭でも、そこらに落ちてるネジとか、小石でもいい』」

「わかった」

 話が終わったとみて、子どもたちがことりの周りをちょろちょろと走り回る。

「ことり姉ちゃん、もう言っちゃうの?」

「用事が終わったら、またナカツガワに来るよね?」

「それは……」

 ことりはばつが悪そうに、子どもたちから目を逸らした。

「何だ、チビたちに随分好かれてるじゃないか?」

「うるさい!」

 タチバナが面白そうに声をかけると、ことりは赤くなって睨みつけた。

「ことり姉ちゃんは、歌がすっごく上手いんだぞ!」

 犬耳をピクピクと動かしながら少年が言うと、鱗肌の少女も頷いた。

「かっこよかったんだから!」
「……だとよ。お前さん、歌歌いなんだろ? 村中の皆に歌ってやってくれないか?」

「……もう、歌は売り物にはしてない」

 赤毛の娘はそっぽを向いてぼそりと言った。タチバナはぼりぼりと頭をかく

「……それはすまんかったな。出発は明日の朝だ。準備しておけよ。片付けは俺がやっておくから」

 子どもたちは「またね!」「また歌ってね!」などとことりに声をかけた後、「僕も手伝う!」「私も!」「また歌ってね!」などと言ってタチバナの周りを走り回っている。

「『……それじゃ、俺はドローンを片付けるよ』」

 マダラのドローンはそう言うなり、ふらふらと飛び去っていく。ことりはタチバナらに小さく手を振ると、様々な様式や建材で建てられた家々が乱雑に並ぶ通りに出た。道行く人々も、家から顔を出す人々も、皆ミュータントだ。明るく挨拶されて、ことりもつられて微笑んで会釈を返す。歩きながら、かつての夢を思い出していた。


ーー遥か東、地の果てにあるというミュータントだけの町。そこで町中の人々に向けて歌を歌う夢。尊敬する姉と肩を並べ、そしてステージの正面で見守っているのは……


 考えを振り切り、ことりは青空を見上げた。


ーーやめておこう。今となってはそれはもう、遠い夢に過ぎないんだ。


 街並みが眩しく目に刺さるようで、赤毛の娘は早足で宿に戻っていった。

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