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家業のある家庭に生まれて思うこと

私はパン屋を営む家庭に生まれました。
お店の開業は私の生まれた年と同じで、今年31年を迎えました。

生まれた時からパンの香りに包まれて、窯の蒸気を感じて、お客さんの声に溢れていて、粉にも時々まみれながら(笑)育ってきました。
そんな日常が私の当たり前で、そこで育った私が今家業のある家庭に生まれて思うことを書きたいと思います。

家業のある家庭に生まれたこと、それは本当にしあわせなこと。

我が家は特にお店と住居が一緒だったこともあって、私にとって玄関はお店の入り口。そこにはいつもパパママの「いってらっしゃい、おかえりなさい」がありました。
小学校に上がる前からレジも打たせてもらって、そこにはいつも常連のお客さんたちの笑顔があり、看板娘を気取らせてもらってました。
高校・大学と進学してもいつもパンをお昼ごはんに持って行っていた私は「パン屋のあいちゃん」と覚えてもらえ、たくさんの友だちとのコミュニケーションのきっかけや自分自身のアイデンティティーにつながったと思います。

そして、これらはきっと今の私をつくる大きな要素で、たくさんの「愛」なんだろうなと思っています。だから私はお店はとってもあったかい場で大好きで、それを持つ家庭に生まれて本当によかったと思っているし、もう一度赤ちゃんからやり直すにしても同じ家庭に生まれたいと思っています。

30歳も過ぎてもういい大人。こうしたことを堂々と言うのもどこか気恥ずかしいのかもしれないけど、大人になったからこそ感じた様々な立場や経験、環境がそれぞれの当たり前をつくっていて、私の当たり前である「家業がある家庭に生まれたこと」は私にとっては幸せなことだと思っています。
そして、こうしたことに感謝したいし、恩返しができるのが今なんじゃないかなと思っているのです。(この1年そんな思いもあって家業を支援することも始めたのでそれは別でこれからつづりたいと思います。)

同じ思いを持っている人がいたり、同じように家業を持つ人で何か悩むことがあれば少しでも前向きな気持ちになってもらえたら嬉しいなと思って、ここであえて私は「家業がある家庭に生まれてしあわせ」ということを言いたいなと思います。

家業があるから他の友だちと違ってさみしい思いをしたこともあるし、家業がうまくいかないときは家族がぎくしゃくする場面だってあるし、これから先どうするか問題もあるし、でもまずこのしあわせを私は大切にしたい。

これからいろんな角度で家業について書いていきたいと思いますが、このしあわせを大切にするためにもこのようにつづらせていただきました。

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