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『戊辰戦争に行った郡夫たち』展に行きました

ブログに書こうと思ったら、結構な量になったので、もったいなくなって、こちらに。平安時代ではありませんが、たまにはどうでしょう?

『戊辰戦争に行った郡夫たち』

先日筑紫野市歴史博物館に行ってきました。(入場無料です。)
そこで、『戊辰戦争に行った郡夫たち』という企画展を観てきました。

博物館でいただいたリーフレット


幕末の話も、語れるほどではないのですが、割と好きです。最近は農民の暮らしも興味があって。

明治維新前後の騒乱は、多くの血が流れ、同じ日本人同士が戦う悲惨なものでした。

会津などは女子どもまで、戦いに巻き込まれたとか。

でも、官軍の方は、武士や志願兵なんだろうと勝手に思い込んでいたので、福岡藩からも農民が徴兵されていたとは知りませんでした。

一応、給金なども出ます。京都では、羽休めに物見遊山していますし、その分の手当も出てます(領収書になった日も)しかし、陸路の長距離の輸送は大変であったよう。ましてや戦場では、時に悪天で、敵味方のわからない中を戦わねばならなかったり。

・・・という記録を細かく従軍した農民が日記に記しているのです。

日本人は筆まめ

百姓は読み書きもできず、年貢の厳しい取り立てで、生きるのがやっと。

なんてイメージがいまだにあるようですが、本を読んだり、お参りを兼ねて遠出したり、意外といい暮らしをしていたりします。(時に飢饉がおきますし、もちろん貧しい人々もいます)なかでも驚くのは日記です。

前に豊後のどこか藩の年貢米を、舟で大坂(大阪)に運んだ方の日記をみました。(これも農民の仕事)大坂にいく途中や大坂で楽しんだものなども細かく記録されていて、とてもおもしろかったです。

こういうのは、個人の日記でもあったでしょうが、何か問題があった時、上役や代官や藩などに訴える時のための記録も兼ねていたようです。

以前、NHKで太平洋戦争前夜の日本人の日記を扱った番組を放送していました。

昔の日本人は筆まめだなあと思うのですが、江戸時代から日本人は筆まめなようなんですよね。

こうやって記録を見るのは、実情が伝わって、大変興味深いことです。

それまで、江戸時代の平和な世の中を普通に働いていた人々が、洋式の武器を持たされ、蒸気船に乗り、戦場に向かうなんて、どんな気分だったのでしょう。
故郷には、仕事と家族を残しています。
ひょっとしたら、もう故郷に帰れないかもしれなかったのです。

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