小説レビュー 朝井リョウ 「ままならないから私とあなた」

 人間には、2つの種類に分けられると考える。それは、「自分の世界に入り込んだまま」の人間と、「自己と他者を客観視できる」人間だ。

 この小説は、「レンタル世界」、そして「ままならないから私とあなた」という2つの編に分けられて構成されている。2つの物語に共通して言えるのは、自己と他者の溝をどう埋めるのかという点だ。

 レンタル世界では、主人公の雄太が、会社の先輩の結婚式に出席した際、目を惹かれた女性、ナントカヨウコと出会う。雄太は、自分の彼女である真由佳と謎解きゲームと称された合コンに参加するが、そこで雄太はヨウコと再会する。そのヨウコの正体は、「レンタル友人」として結婚式に参加したという、偽りの名前だった。彼女の本名は、高松芽衣。レンタル彼女やレンタル家族といった、人間関係にまつわる面倒な状況をレンタル人間として受け持つという仕事をやっている。 そんな彼女と雄太は真っ向から対立する。偽りの人間関係を許容する芽衣と、生身の人間関係を味わう雄太。どちらの立場に正解、不正解はなく、雄太の情熱的な思いが芽衣に伝わるかどうかがこの物語の肝。しかし、結末は...

 このレンタル世界は、日本社会に漂う本音と建前の関係を巧みに表現しており、芽衣が本性を現した時の迫力、説得力には文字越しからも手に汗握る展開となる。どんなに心の通じた友人同士であっても、もし相手が偽りの姿だったとしたら、それはどれほど複雑な心境になるだろうか。人間は、常に環境に応じて「演じている」のではないか。そんな問いかけを日本社会にぶつける短編である。

 本編である「ままならないから私とあなた」。この内容は、主人公である雪子と薫の、小学校から社会人になるまでの人間関係を描いている。雪子は、小さいころから作曲が好きで、生身の人間関係を好む。日常の何気ない風景にも敏感で、小学校の先生の癖にもすぐ気づく。その性格もあり、恋愛にも敏感で、幼馴染の渡邊君とは大学に進学しても付き合い続けている。一方の薫は、根っからの理系人間、ロジカルシンキングの塊とでも言っていい。薫は、音楽グループのOverが大好きだ。Overは、演出にとことんこだわり、最新の技術を用いてアッと驚く演出を観客に披露する世界的に人気のあるグループだ。そんなOverに感化され、中学校では運動会の演出を担当し、高校、大学でも発明家として活躍。一方、冷徹な部分もあり、効率がいいか、非効率かと追及するプログラマー気質の性格である。

 雪子と薫という、正反対の性格の持ち主同士の共通点は、好きなアーティストが同じという点だ。つくづく音楽というのは性格を超越した不思議な芸術であると私は思う。だって、こんなに性格が違っても、魅了されるのはサウンドであり、演出であり、芸術という点で共鳴し合っているのだ。

 また、この本の解説を担当した、ベースボールベアーの小出祐介氏の文章が興味深い。本文でも登場するが、PC一台でサクッと作曲をした曲か、手間暇かけてつくった生の音源、どちらに心が揺さぶられるかという葛藤を、朝井君は描いている。 


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