「違い」の受け入れ体制

こんにちは。中津企画室ライターのとまとです。

さて、昨今世の中では個性というものをもっと重視していこう!という流れがありますよね。
ナンバーワンであるよりオンリーワンであることの素晴らしさが熱弁される時代だと思います。
もちろんオンリーワンはすばらしい。
ても実はそのオンリーワンが大勢の中で輝くためには、周りの人がその人に対してどう反応し、受け入れてくれるかが重要なようです。
今週の中津企画室レポートいきます!
今回のテーマは【「違い」の受け入れ体制】!
それではどうぞ!

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さて。
今日は、“「違い」をどんどん推奨する社会にしたいよね”っていうテーマでお話しします。
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▼違いこそ価値
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集団で生活していると、『同調圧力』といったものが発生することはよくあります。

学校の生徒の間でも、いかにみんなと”同じ感じ”にいられるかに神経を使っている子は多いと思います。
僕たちが高校生の時もありましたよね。

「あの子、少し変わっているね」ってやつです。

できれば言われたくなかったのではないでしょうか?
それは人間の本能的には十分正しいです。
でも、僕は教師になって、逆にこの「変わってる」に目をつけています。

今、がぜん”変わってる奴”のほうが強いです。

ここのメンバーならもう耳タコだと思いますが、『コモディティ』って言葉で説明できます。

コモディティっていうのは「ありきたり化」であったり「同質化」ってやつでしたね。

有志の教師にはよく「コモディティ教師になるな!」なんて言いますが、言い方を変えると、「自分だけの強みとか、自分にしかない差別化ポイントはあるか?」って話です。

「教科を教える力なんて教師の間でそんな大差ないし、なんならYOUTUBEのほうが授業がわかりやすいし面白かったりするから、君が選ばれる理由を作った方がいいよ、出ないと埋もれちゃうよ。」
ってお話も真顔でさせて戴いております。

そうなってくると、変わっている人間や『皆と違う人間』というのはコモディティの観点で言うと、一歩リードしています。

もっとポジティブな表現すると、変わってるってことは「埋もれていない」ってことなんです。

そうなるとむしろ、『みんなと同じ』を追求する方がリスクになってくると思っています。自ら埋もれにいってることになりますし、それに慣れきってしまうと将来、尖ることに恐怖心を抱くようになってしまいます。

確かに、思春期になると周囲との違いを解消することに必死になります。

自分のグループからはみ出たくない。なるべく考えも一緒のほうがいい。

これはこれで自然なのですが、その分「違い」が消えていってます。

僕はこの職業を通して子どもたちへ「違い」や「個性」の理解を進めて、埋もれないことの価値を伝えていきたい気持ちを強くもっています。

ではここで、具体的にどのようにして教育していくかを考えることになります。

たしかに、「埋もれていない」=「君は君のままでいいんだよ」といった個性を伸ばすことが大事にされていますが、
これよりも先に手を打つべきなのは、「個性を出した時の周囲の反応」の受け入れ態勢を作ることです。

モノ・コト・ヒト問わず、『異質なもの』に遭遇した時のふるまい方を押さえておいた方がいいです。

基本的に知らないものに遭遇した時の人間の反応で最も多いものは「排除」です。これが8割、好奇心が2割だと思います。(この辺りはキャズム理論に詳しくあります。)

なので、教師の役目としては、すぐに生徒の反応が「排除」に行かないようにしなければいけない。

未知との遭遇があったときの振る舞い方とその反応を”教えてあげる”ことが大事です。

こっちの方が先なんです。

具体的には
まずファーストステップは口頭で、「オリジナリティの価値」について正しく理解を図り、そのために「コモディティ」の意味から説明します。

その上で、ダイバーシティのように、僕たちは今、自分とは違うものを受け入れる力が必要だと話します。まずはこの辺りから。

でも、頭ではわかっていても、実際に自分が遭遇したときにどうすればいいか分からない子は多いです。

なので、次のステップとしては、「反応の仕方を教える」に移っていきます。

具体的には、教師が反応のモデルを示します。

そのためによく、レクリエーションを行い、「変わっている奴」の変わっていると言われている部分を引き出します。

はい、あえて引き出すんです。

たとえば挙動にクセのある子で、その子はきっと嫌だと思うのですが、ゲームの場面なので見ている人たちの心の余裕も生まれやすく、受け入れやすい状況です。

そこのタイミングであえて引き出し、それをみんなの前で、「うん、うん、それは全然恥ずかしいことじゃないよ。俺もそうなるよ。」と言ってやって、

①君のその挙動は全然恥ずかしいことではないんだよ。
②みんなには、「この動作は全然普通の反応だよね」と、市民権を得にいく。

周りが、「え・・・」となればチャンス。すかさずこちらでポジティブなレビューをしにいく。

「え・・・」となっているときは、未知の光景に対してまだ評価の迷っているときです。だからすぐに基準となるイカリをおろしてやる。

多様性を受け入れる姿勢を見せて、「コレが正解だよ」と示す感じです。

評価がわからないものに対して、誰かが評価をしてやると、それを基準にしますもんね。

そんな感じで、今は「人と違う」ことがもっと評価されてもいいと思います。

なので教師は「人と違う」ことをポジティブにしつつ、それを見たときの周囲の人の反応をデザインしてやることで、受入環境を整えてやることが重要だよねって話でした。

以上でーす!

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<とまとのつぶやき>

中津さんの言うとおり、生徒を見ていると、周りと一緒であることで安心感を得ている子って多いなと思います。
人と違ったことをして周りにどう思われるか不安なんですよね。
でも周りがそれを受け入れてくれる体制が整っていたなら、たしかに尖りやすい。
「反応の仕方を教える」っていうのは目から鱗でした。

個性を大切に、と教えるだけじゃなく、お互いが「違い」を受け入れられる体制をつくることで、きっとみんな素直に自分を表現できるようになるんだろうな、と思いました。

以上です!

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