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愛とバランスの陰謀。

加藤なおき|P-integral

どうも、NAOKIです。

横浜から帰ってきて通常モードに戻りました。

横浜の結構いいところのホテルに泊まって、朝食はビュッフェだったんだけど…マスク必着に加え、ビニール手袋装着という感染症対策がいまだに続いてた。(お店側の置かれた立場もわかりますけども!)

私はマスクもワクチンも「したくない・しない」派。
「好きにしたらいい」派ともいう(笑)

健康に携わる仕事と勉強をそれなりにしている立場なので、気が進まないならマスクもワクチンもやらない方がいいよって言いたい。


反ワクチン、反マスクというと「陰謀論」をセットにされやすいけど、健康とは何かの視点から見たら、「期待しているほどの意味をなさないもの」ただそれだけなのだ。

そもそも現代は健康の概念が誤解されている。

健康とは病気にならないことではなく、生きていることそのものである。
なぜなら生きることは病気や死とともにあるから。
不健康を経験して初めて健康のありがたみに気づくし、生まれてこなければ健康と言う言葉に触れることもない。

そんな考えも極端なので(笑)本来の健康と現代版の健康の概念の間を取った自分なりの言葉は、、、

健康とは病気にならないように生きることと、それに縛られないで生きることのバランス。

という「生き方のテーマ」だと思っている。


陰謀論からくるマスクやワクチンの考え方は脇に置いて、そもそも何のためのワクチンとマスクだったのか。

たしか当初は健康や命を守るためだった。(よね?)

では、3年経ってその目的は果たされているのか。
ワクチン打って感染する人もいるし、何もない人もいるからどちらともいえない。

どちらともいえないのならマスクもワクチンも五分五分と思っていい。
それならマスクワクチンそのものは絶対的なものじゃないから人それぞれ自由にしなすって~!で、いいと思うのだ。

お店の人も大変だしさ、対策するにもお金かかるし。


今回の騒動で陰謀論がホットワードになったけど、陰謀論が絡むと信じるかどうかの感情が判断基準になってしまってこれも分断を生んでいる。

人口削減目的のワクチンかもしれないし違うかもしれない。
でもそれを推進する医師や医療従事者のほとんどは医療で人を救いたいと信じ、正義感でやっている。

その判断基準は受けてきた教育や自分の体験からなるもの。
でも途中で「あれ?なんか変だぞ?」って思い始めている医療人もいるよね。

みんななんだかんだそれぞれの善意や正義感でやっていて、その自分の世界の正義も絶対ではないとどこかのタイミングで気づかされるようになってるんだ。

マスクの効果も五分五分なら、気持ちよく呼吸がしたい気持ちも尊重して。そういえば呼吸は健康の基本だったじゃないか!みたいに。


私たちはどこかでバランスを見出さなければならないけど、「バランス」という言葉自体を難しく感じるのは、中間、バランスのもとになる二元論の世界の両極端をまだ体験していないからだと思っている。

すべて体験すると真ん中もわかるし、どちらの方向へも自由に行き来できる。おきあがりこぼしの状態。

愛に飢えている地球人。
無条件の愛って言葉は抽象的だけど、、、

すべて(たくさん)を知っていて、肯定も否定もしないただ包み込むだけの力。

なのかなぁと、今出せる言葉で表現してみる。

結局今日は何を書きたかったんだかw



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