見出し画像

芸術家のオートエスノグラフィー #4 〜藝大受験〜

#3 はこちらから

 高校生特有?の少し鬱屈した法晃に転機が訪れる。3年生になると有志の生徒は長期休暇の時期にそれぞれ美術予備校に通うが、法晃は夏期講習、冬期講習、受験直前講習を東京・池袋にあるすいとーばた美術学院に通って過ごした。そこでは浪人生がしのぎを削り合うように毎日受験対策に励んでいた。1浪から7浪ぐらいしている人まで存在し、現役生であった法晃にとってはカルチャーショックを受けた記憶がある。しかし、美術研究所に通ったことが法晃にとってかけがえのない経験であった。
 美術研究所では、受験前日まで毎日朝9時から夕方6時ぐらいまで受験対策に明け暮れた。日本各地から彫刻家を志す高校生、浪人生が皆同じ目標に向かって受験対策をする。法晃は、美術研究所に通ったことで、東京で生活したという経験が特に記憶に残っている。ここでは、法晃がどれだけ奇抜で目立つと思えるファッションをしていてもさらに奇抜な人がいたり、逆に、ファッションなど気にせずに自分の考え方を重要視し、大学に入ってからやその先のことを真剣に考えている同じ年の高校生など、法晃にとって岐阜での生活がはずかしくなるような、目から鱗がこぼれ落ちるような考えをもつ人物たちと出会った。そしてその人たちは皆、法晃よりもデッサンが上手であり、塑像も上手であった。そういう姿を「かっこいい」と感じるようになっていった。
 それまでの法晃は学校を休んだり、度々生徒指導を受けたりしているような高校生であったが、この東京での出会いにより、少しずつ心境が変化していった。それから法晃は自分の将来のビジョンというものを漠然とであるが考えるようになり、先を見据えてデッサンに励むことになる。熟練した浪人生に囲まれ、嫌が応にも観察力が身についた。木炭デッサンの技術的な能力の発達と、立体的で量感的なデッサンの指導を受けた。美術研究所での生活は、「かっこいい」同級生、先輩たちへの憧れをもち、競争意識が植えつけられた。夏休みの東京での経験が、法晃が東京芸術大学への受験を決めるひとつのきっかけとなった。

 そして、高校3年の夏期講習の後、秋に初めて制作した作品が「雑音」である。卒業制作展として岐阜県美術館に展示した。タイトルの由来は、体育座りをして、頭の中に入ってくる様々な音が聞こえれば聞こえるほど集中力が増し、一方で虚無感に心が支配されていく状態を意味している。高校3年間の様々な思いを集約することができたという達成感を得た。様々な経験により思考が変化していき、しかしそれを言葉で言い表すことは困難である。そのような、「言葉にならない思い」を表現することができる素晴らしい機会であったと強く認識しており、高校生時代のあらゆるものが詰まっていると感じている。現在においてもこの作品は気に入っている。

 高校生活の3年間は、小さな挫折から始まり、比較されることから逃避するように人と違う行動をしたいと考え、奇抜な髪型をするなど自分を飾ることで、それをクリエイティブであると錯覚し、表現していた。東京での出会い、体験を通じて「人と違うことがしたい」という気持ちから「かっこいい男になりたい」と変化していき、制作した「雑音」により、法晃は美術に没頭していくことになる。

 そして東京芸術大学の受験日の前日、すいどーばた美術学院入試直前講習において描いたデッサン(写真1)が、受験生全体、およそ80名の中で1位に匹敵する評価を受けるまで上達することができた。もともと観察力に自信をもっていたため、技術を身につけたことで持続的に的確に描くことができるようになった。東京芸術大学の受験内容は、1次試験が石膏デッサン、2次試験が塑像であった。直前講習では法晃はデッサンの訓練ばかりしていた。現役生は、まずは1次試験を突破することを目指している。2次試験を諦めていたというわけではないが、皆浪人する覚悟であった。法晃は塑像が苦手であったということもあり避けていたという側面もある。


(写真1 東京藝術大学入試前日の石膏デッサン)

 受験当日、研究所で出会った現役生の仲間とともに受験会場に行くと、部屋の四隅に石膏像が設置されており、その周りに半円を描くように椅子とイーゼルが配置されていた。入り口でくじを引き、くじに書いてある数字と同じ数字が書いてある席に座る。受験課題は、法晃が得意とする石膏像「聖ジョセフ像」で、運が良く立体感や雰囲気を捉えやすい場所から描くことができた。夢中で描き、受験の6時間はあっという間であった。合格後、後輩たちから受験の極意を聞かれ、「鼻息が荒かったと思う。それぐらいがむしゃらに描いた。」といろんな場所で話していたと記憶している。
 1次試験から2次試験までは1週間ほどの期間があったが、1次試験を突破してからの法晃は達成感もあり、今年の受験は終わったとの思いから、気持ちが抜けていた。なぜなら2次試験対策の塑像の訓練を全然していなかったからである。そして2次試験当日、課題は「自刻像」であった。法晃にとって、石膏像を模刻することが苦手で、ほとんど対策をしていなかったが、人間の首像をつくることは好きであった。以前I先生に注意されたこともある、法晃にとっては因縁ともいえる課題である。自分の首像は塑像したことなかったこともあり、新鮮な気持ちで楽しく作ることができた。1部屋に10名ほどの受験生がいたが、他の誰よりも大きな首像を制作した。結果として、法晃は東京芸術大学に現役合格することができたのである。

 高校生の職業観に関して調査した松本によると、

高校生は職業に対して「社会貢献」や、「労働条件」よりも自分の「自立」や「生きがい」を重視している[松本2008, p.108]

松本浩司(2008)『高校生の職業観の構造と形成要因 -職業モデルとの関連を中心に』キャリア教育研究 26(2) pp.57-67

と述べ、さらに進学志望者においては自己実現志向を強める可能性があることで、その「自己実現の強さ」が進学意欲につながっていくと述べている。高校生の法晃からは、職業や社会に対しての考えを抽出することはできないが、様々な要因によって得た自己実現の強さを見出すことができる。しかしこの時はまだ、「芸術家になりたい」ということよりも、「憧れ」や「かっこよさ」が法晃の自我を形成していたといえる。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?